シンガポールより 

25年間の世界回遊生活のなかで数百(?)の宿を泊まり歩いてきたでしょうか・・・

1泊数百円のゲストハウスから数万円の5★ホテルまで、別にいつもホテルライフを楽しむわけでなく、寝るだけなのでベッドさえあればどこに泊まっても同じようなものなんですが、その中であえてランキングをつけるとすると私的思い入れからすれば、シンガポール シャングリラ ホテルが栄えあるNO1の座に輝くでしょう。
shangrila 1.JPG


(人生の節目、節目にまだ数回しか宿泊してませんが・・飲食では何度となく利用しています)


シャングリラという名前はJAMES HILTONの伝奇小説<失われた地平線 LOST HORIZON>にある

チベットの山奥にあるといわれる水清く、花咲き乱れ、鳥歌う 伝説の桃源郷を意味し、そこへ訪れる人は皆その妙なる世界に魅了されてしまう地上の楽園とホテル案内にあります。

1971年にシンガポールにオープンしたシャングリラホテルは世界各国のVIPのシンガポール滞在時の宿にもなり、

いまやアジア各国47主要都市にホテル展開する一大グループに発展しました。
ホテルの正面玄関では桃源郷の兵士をイメージした緋色のネパール民族衣装を着たドアマンがうやうやしく迎えてくれます。まず正面ロビーに入って圧倒されるのはその見上げるような天井高と威風堂々のレセプション、よく冷えたウェルカムシャンペンで旅の疲れも吹っ飛びます。

ロビーに隣接した広々としたロビーラウンジには、今もかわらずハイスリットのチャイナドレスを着たウエイトレスが行き来し、その空間に流れるえもいわれぬリラックスした静かな時の流れは旅人を桃源郷の世界に引き入れてくれます。
shangrila 4.JPG

広大な庭園にはトロピカルな樹木、花々で覆われ鳥が鳴き水が流れ、緑に囲まれたプールサイドでは世界中からのゲストが南国の太陽を浴びてリゾートライフをエンジョイしています。

ホテルもこの数年で改装、増築がなされ、その昔、駐在員時代、年がいもなくよく通った名物ディスコ<ザイナドゥ>は今はスポーツジムになり、マンゴプディンが名物だった南国情緒タップリのコーヒーハウスもすっかりイメージチェンジし、コンテンポラリーデザインで生まれ変わり、アジア、ヨーロッパ、中華、日本料理をオープンキッチンで提供するようになり
朝食ビュフェもそのところ狭しと並べられた料理の種類に圧倒されてしまいます。この新生コーヒーハウス<LINE>は

昨年、NO 1 シンガポール ビュフェに選ばれたとか。。。納得・・・
そして何よりもよく教育されたホテルスタッフのいつも笑顔をたやさず、細かいところまで気をつかい行き届いたサービスこそこのホテルが数々の賞を獲得し続けている所以だと思います。
このシャングリラホテルは19世紀開業のもう一つの名門ラッフルズホテルともどもシンガポールの歴史と風格を示すホテルであり続けていくでしょう。

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でも僕は日本帰国時によく利用する、あの話題の東横インの狭い部屋の一室で缶ビールをぐびぐび飲みながらTVでナイター観戦のほうがシャングリラのプールサイドよりもリラックスするもうひとつの桃源郷なのですが・・・

(特にタイガースが勝った夜などは・・・)

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世界からの便り

主宰者プロフィール

ガチャマンダオーナー

大宅 一裕
(おおたく かずひろ)

1949年
京都生れ(街頭テレビの力道山の空手チョップに街は熱狂していた)

1968年
神戸六甲学院高校卒業 (裸で便所掃除のスパルタ教育)

1969年
上智大学外国語学部入学(キャンパスにはシュプレヒコールが響き、街には藤圭子の歌が流れていた)

1973年
大手百貨店入社(婦人服部に配属も連日返品作業、催事場での呼び込みの毎日)

1982年
百貨店の海外開店のためファッション担当としてシンガポール出向駐在(~1986年)
(仕入れのため世界各国へ出張し、海外とりわけアジアの魅力にズッポリとはまる)

1987年
百貨店退職後、香港にてGardex Internatinal 設立
香港を基点にヨーロッパ、アジアでのファッションビジネスに携わる

2000年
タイ、チェンマイにて会社設立、旅行業、ファッション、雑貨、食品貿易業のかたわらチェンマイ郊外のプーディン小学校との交流、支援を継続中