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イギリスは香港統治時代、本国のハイドパーク、リージェントパーク等と同様に街の真ん中に大きな公園を造った。
九龍公園,香港公園、そして維多利亜公園(ヴィクトリアパーク)、中国返還後もそれらの公園は今も市民生活に密着した憩いの場であり、集いの場、そして運動の場となっている。

香港の朝は早い。夜明けとともに公園には太極拳をする老人たち<早晨(ゾォーサン)早晨 (おはよう、おはよう)何故か2度言う>と挨拶しながら集まり始め、またジョギング、エキササイズに出勤前の近所のおっちゃん、おばちゃんがやってきて摩天楼に囲まれた木立におおわれた公園は次第ににぎやかになっていく。

公園に運動に集まるおっちゃん、おばあちゃんたちの衣装は、トレーニングウェアではなく、一応部屋着、おばちゃんはプリントのブラウスにパンツ、ハンドバッグはたすきがけ、靴も普通の革靴、歴史に翻弄された香港に生きてきた年輪が顔に刻まれている。

イギリスの植民統治に残した、英語教育、英語のニックネーム、迅速で清廉な公務員の仕事のマナーまた、市民生活密着した公園、世界一とも評価されている国際空港など、それらのソフト、ハードの植民地時代の遺産は中国返還後もしっかりと香港の市民生活に根を張り、今も有効に活用されいる、
植民地時代の象徴であったヴィクトリア女王の彫像もそのまま厳然と残っている。
戦後60年たってもいまだなお批判され賠償請求されている日本の統治との差を感じずにいられません

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大宅 一裕
(おおたく かずひろ)
1949年
京都生れ(街頭テレビの力道山の空手チョップに街は熱狂していた)
1968年
神戸六甲学院高校卒業 (裸で便所掃除のスパルタ教育)
1969年
上智大学外国語学部入学(キャンパスにはシュプレヒコールが響き、街には藤圭子の歌が流れていた)
1973年
大手百貨店入社(婦人服部に配属も連日返品作業、催事場での呼び込みの毎日)
1982年
百貨店の海外開店のためファッション担当としてシンガポール出向駐在(~1986年)
(仕入れのため世界各国へ出張し、海外とりわけアジアの魅力にズッポリとはまる)
1987年
百貨店退職後、香港にてGardex Internatinal 設立
香港を基点にヨーロッパ、アジアでのファッションビジネスに携わる
2000年
タイ、チェンマイにて会社設立、旅行業、ファッション、雑貨、食品貿易業のかたわらチェンマイ郊外のプーディン小学校との交流、支援を継続中