ソウル 憂色

ワールドカップ、日本の予選リーグ敗退決定の翌日、23日ソウルは街中、朝から決戦ムード全開、マスコミも市民のスイス戦に向けての話題ばかり、夕刻から紅いTシャツを着た若者たちは市内の大型モニターを設置された各会場へ集結して行きました、最大の会場6万人収容のワールドカップスタジアムはすでに10時で満員札止め、翌日が土曜日ということもあり、全国民ぶっ倒れるまで応援するぞという気迫がガンガンに伝わってきました。
seoul 1.JPG

試合開始までの5時間、前回同様の各会場での応援コンサート,人気歌手たちも紅い衣装歌の途中でこぶしを振り上げ<大韓民国>と、聴衆といっしょに大合唱、特大の国旗<大極旗>もうちふられ必勝ムードは、またまた頂点に達していました。
画像 397.jpg

結果はご存知の通りの2-0での完敗、おまけに3位だったフランスがトーゴに
2-0で勝ったため、勝ち点4をあげながら、審判の明らかな誤審もあったけれど最後の最後でまさかの予選敗退・・・・・・

seoul 10.jpg

白みかかったソウルの通りには敗北のショックと徹夜の憔悴とで肩をがっくり落としてとぼとぼ家路に帰る紅い集団があちこちに見られました。

過ぎたことはあっさり忘れられる日本の国民性に比べ、WBCに続いてのまさかの予選敗退という奈落の底につきおとされた激情型の韓国はこのショックから立ち直るまでには今しばらくかかるのではないでしょうか・??

|

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.gachamanda.com/cgi-bin/mt/mt-tb.cgi/44

コメントを投稿

(いままで、ここでコメントしたことがないときは、コメントを表示する前にこのブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまではコメントは表示されません。そのときはしばらく待ってください。)

世界からの便り

主宰者プロフィール

ガチャマンダオーナー

大宅 一裕
(おおたく かずひろ)

1949年
京都生れ(街頭テレビの力道山の空手チョップに街は熱狂していた)

1968年
神戸六甲学院高校卒業 (裸で便所掃除のスパルタ教育)

1969年
上智大学外国語学部入学(キャンパスにはシュプレヒコールが響き、街には藤圭子の歌が流れていた)

1973年
大手百貨店入社(婦人服部に配属も連日返品作業、催事場での呼び込みの毎日)

1982年
百貨店の海外開店のためファッション担当としてシンガポール出向駐在(~1986年)
(仕入れのため世界各国へ出張し、海外とりわけアジアの魅力にズッポリとはまる)

1987年
百貨店退職後、香港にてGardex Internatinal 設立
香港を基点にヨーロッパ、アジアでのファッションビジネスに携わる

2000年
タイ、チェンマイにて会社設立、旅行業、ファッション、雑貨、食品貿易業のかたわらチェンマイ郊外のプーディン小学校との交流、支援を継続中