
世界30カ国以上の国を行き来してきている僕ですが実は日本では北海道も沖縄もまだ行ったことがありませんでした。
今回、機会があり、アジアへの往来いつも上空を飛び越している南西諸島宮古島への処女上陸を果たしました。
2日後に台風接近を伝えられる宮古の海は晴天、コバルト色の海、珊瑚礁に打ち寄せる白波、透明な水面を透して泳ぐ熱帯魚、今までまったく経験のしたことがない日本の南の島がそこにありました。
南西離島ブームとかでで日本からの宮古への便は日に11便、年間40万人の観光客、ちゅらさんの石垣ブームから宮古ブーム到来しつつあるのもうなずけます。
再会したパラダイスプラン社、西里社長に朝から彼の珊瑚礁の地下海水を汲み上げ生産する<雪塩>製塩工場、島の観光スポット、観光施設を案内してもらい、
まだまだのこの島の持つ観光資源の大いなる可能性を確信できましたが、蒼い空と海とさとうきび畑におおわれたこの素朴な島が
観光乱開発によって日本各地にあるあの醜悪な観光地になってもらいたくないと思います。
夜は沖縄民謡のライブの聴ける食堂での夕食、初めての沖縄料理はどれも初めての食文化で美味、裸電球の下、オリオンビールで乾杯、
三線(サンシン)を奏で歌われる島歌を聴きながら宮古の夜に陶酔していきました。
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大宅 一裕
(おおたく かずひろ)
1949年
京都生れ(街頭テレビの力道山の空手チョップに街は熱狂していた)
1968年
神戸六甲学院高校卒業 (裸で便所掃除のスパルタ教育)
1969年
上智大学外国語学部入学(キャンパスにはシュプレヒコールが響き、街には藤圭子の歌が流れていた)
1973年
大手百貨店入社(婦人服部に配属も連日返品作業、催事場での呼び込みの毎日)
1982年
百貨店の海外開店のためファッション担当としてシンガポール出向駐在(~1986年)
(仕入れのため世界各国へ出張し、海外とりわけアジアの魅力にズッポリとはまる)
1987年
百貨店退職後、香港にてGardex Internatinal 設立
香港を基点にヨーロッパ、アジアでのファッションビジネスに携わる
2000年
タイ、チェンマイにて会社設立、旅行業、ファッション、雑貨、食品貿易業のかたわらチェンマイ郊外のプーディン小学校との交流、支援を継続中