
<世界からのたより>更新しました。
(まさきのNY日暮し日記)転載
この絵は今年、プーディン小学校の6年生と卒業前にいっしょに行ったエレファントキャンプの想い出を参加者のひとりマイちゃんが描いて送ってくれた絵です。(マイちゃんの両親はHIVで亡くなって妹と年老いたおじいちゃんと3人で生活しています)
4年前、ふとした縁で購入したタイ北部の果樹園のある村がプーディン村、そこにある生徒数80人のこじんまりしたのどかな小学校プーディン小学校との交流が始まり、友人、知人を果樹園来訪の度に案内し、生徒たちとスポーツ、楽器、折り紙、ベーゴマ、日本語などを通しての交流を行い、村へホームステイする友人も多く、3年前、関西の大学生がホームステイした際には関西TVのドキュメンタリー番組にもなりました。
また上智大学OBの会であるソフィア会からも1昨年、学校の念願であった鼓笛隊の楽器を寄贈いただき、早速福岡市民オーケストラの皆様や尼崎の鼓笛隊経験の大学生の指導のお陰で演奏行進ができるまでになりました。
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ところが、タイの農村部には貧困の他にHIV(エイズ)感染という日本では考えられない大きな社会問題があり、プーディン小学校の生徒80人のうち例年15人前後もの生徒の親がHIVで亡くなり、その生徒たちは片親か祖父母の家でHIVの発病におびえながら生活を送っています。
日本と違い、タイの小学校ではそういう感染のおそれのある子供たちを差別せず、先生もHIVの実態を生徒全員によく説明し、一般の生徒といっしょに生活させています。
我々は4年前からそれらHIVで親を亡くした生徒たちに1ヶ月の生活費+奨学金ひとり月1000バーツ(3000円)を支援するため一口 3600円の募金活動<プーディン基金>をはじめました。
多くの賛同者の皆様からの貴重な募金は毎年4回に分けて直接校長先生を通じて保護者の皆さん、生徒たちにお渡しに学校へうかがっています。
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生徒、先生、父兄からもその都度、感謝のお便りや絵をいただいています。
特に今までHIVの発病と経済的な心配のため暗澹たる日々を送っていたが、奨学金のお陰で人生が明るくなり一生懸命勉強する励みになりましたとの手紙には感動させられました。
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このプーディン基金へのご協力いただける方へは右<プーディン基金>のバンナーからご案内させていただいています。
そして基金へご協力いただいた皆様には是非、タイ北部のチェンマイから北へ車で1時間 空気の澄んだ高原のプーディン村へお越しいただきたいと思います、
子供たちの素朴で明るい笑顔と都会暮らしで忘れていたのんびりとゆったりと流れる時間が心を癒してくれます。
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大宅 一裕
(おおたく かずひろ)
1949年
京都生れ(街頭テレビの力道山の空手チョップに街は熱狂していた)
1968年
神戸六甲学院高校卒業 (裸で便所掃除のスパルタ教育)
1969年
上智大学外国語学部入学(キャンパスにはシュプレヒコールが響き、街には藤圭子の歌が流れていた)
1973年
大手百貨店入社(婦人服部に配属も連日返品作業、催事場での呼び込みの毎日)
1982年
百貨店の海外開店のためファッション担当としてシンガポール出向駐在(~1986年)
(仕入れのため世界各国へ出張し、海外とりわけアジアの魅力にズッポリとはまる)
1987年
百貨店退職後、香港にてGardex Internatinal 設立
香港を基点にヨーロッパ、アジアでのファッションビジネスに携わる
2000年
タイ、チェンマイにて会社設立、旅行業、ファッション、雑貨、食品貿易業のかたわらチェンマイ郊外のプーディン小学校との交流、支援を継続中