香港国際空港

その昔、香港の空港は林立するビルの谷間へ離着陸するあの啓徳(カイタック)空港、世界一危険度が高くドラマチックなタッチダウンできる空港ともいわれました。

イギリスが1997年の中国返還前から香港への置き土産として計画された新空港は昨年ディズニーランドも開園した離島大嶼山(ランタオ島)に1248ヘクタールの敷地に200億USドルを投じて6年の歳月を経て返還から1年遅れで1998年7月6日に開港した香港国際空港(チェックラップコク空港)。

設計は香港上海銀行を設計したイギリス人建築家ノーマンフォスター、建物を支える柱や壁を使わず、外側にむき出しにされた太い鋼鉄フレーム構造で建物を支え、自然光をドーム型天井から取り入れた明るく、快適な環境を創り出しています。
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建設にあたってのゼネコンもほとんど英国系企業に受注したため、植民地時代宗主国の最後の略奪とのうわさもありましたが、21世紀の香港の発展には絶対に必要であった施設であったことは確か。
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開港から8年、今では空港からトランジットでアジアの各主要都市へそして入国手続きなしで隣接のスカイピアから中国広東省、マカオへフェリーでの乗り継ぎができ、まさしく東南中国へのゲートウエイとなり、毎年行われるイギリスの調査会社SKYTRAXの<AIR PORT OF THE YEAR>世界空港満足度ではシンガポールのチャンギ空港とともに世界一を競う大空港になり、香港市民からも大いに感謝されるイギリス植民地統治時代の最後最大の置き土産となりました。

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世界からの便り

主宰者プロフィール

ガチャマンダオーナー

大宅 一裕
(おおたく かずひろ)

1949年
京都生れ(街頭テレビの力道山の空手チョップに街は熱狂していた)

1968年
神戸六甲学院高校卒業 (裸で便所掃除のスパルタ教育)

1969年
上智大学外国語学部入学(キャンパスにはシュプレヒコールが響き、街には藤圭子の歌が流れていた)

1973年
大手百貨店入社(婦人服部に配属も連日返品作業、催事場での呼び込みの毎日)

1982年
百貨店の海外開店のためファッション担当としてシンガポール出向駐在(~1986年)
(仕入れのため世界各国へ出張し、海外とりわけアジアの魅力にズッポリとはまる)

1987年
百貨店退職後、香港にてGardex Internatinal 設立
香港を基点にヨーロッパ、アジアでのファッションビジネスに携わる

2000年
タイ、チェンマイにて会社設立、旅行業、ファッション、雑貨、食品貿易業のかたわらチェンマイ郊外のプーディン小学校との交流、支援を継続中