阿寒湖畔より

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短い秋が足早に長い冬に変色していく阿寒湖畔の商店街にある木彫りの店、<湖畔屋>のオーナー星輝一さんが彫る、アイヌの食べ物の神様<アマン カムイ

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そのほのぼのとした笑顔は星さんのお顔そのもの、自分が幸せを感じるときにのみ、木彫りの目を入れるとか、日本商工会議所会頭賞など数々の賞を受賞している民芸品、購入したお客様の名前と日付けも木彫りの足に彫ってくれ、お馴染み熊の木彫りとは一味違った、ご利益たっぷり、癒し感いっぱいになる逸品です。

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投稿者: otaku 日時: 16:33 | パーマリンク | コメント (0) | トラックバック (0)

香港人必携カード

香港生活でかかせないのがこの2つのカード
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ひとつは身分証明のIDカード、空港の入出国、銀行口座、保険、不動産貸借、等々、あらゆる公的書類、手続きに必要です。運転免許書もIDナンバーにリンクしています。
このIDカードには顔写真、すべての指の指紋、そして個人情報がインプットされていて香港住民は外出の際にも携帯が義務となっていて、街角では警官が怪しい人物にはIDカードの提示を求め不法滞在者のチェックが行われています。

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もうひとつのカード八達通(オクトパス)、日本のスイカよりも先に導入され、香港のタクシー以外のあらゆる交通機関(地下鉄、バス、フェリー、トラム、鉄道)で使用でるプリペイドカードです。、またコンビニ、商店、映画館など多くの商業施設での使用できます。特につり銭を出さないバス、ミニバス,トラムでは必携、
香港人は平均年齢が若いせいか、このようなID装置への順応にすごく早く、機械の前でまごまごしているのはたいてい大陸から来た中国人。

このカードは日本人の開発とかで名前の由来も<置くとパス>からきているとか・・??

最近、香港のID保持者の空港の出入国が駅の改札のように自動になりました。残念ながら撮影禁止区域などで画像の掲載はできませんが、まず競馬のパドックのようにたくさん並んでいるゲートから入り、鑑定ボックスにIDカードを置くと数秒で認識され第一とびらが開き、次に諮問認識のボックスに親指を当てると数秒で第2のとびらが開き、これで入出国検査完了、その間 1分。今までのように並ぶこともなく便利な世の中になりました。

日本でもICパスポートの発行により入管の自動検査の実現に向けて動きがあるそうですか、まだまだ障害がありそうですね。

投稿者: otaku 日時: 07:46 | パーマリンク | コメント (0) | トラックバック (0)

クーデターの朝は雨だった

友人たちとバンコクNO1旨いといわれる焼肉屋<H >で生ビールに塩タン、はらみ,上カルビで満腹になり、その後、2次会、・・・深夜ホテルに帰りTVをつけたら、なにやら様子が変・・・

タイのTV局はすべてタイ語のテロップが映され、その後延々と国王礼賛番組が流れ、CNN.BBC,NHKワールドは映らない、何事かとあわててインターネットで観たら、<タイでクーデター!!>
日本から安否確認のメールも多数・・・キツネにつままれたような感じ・・・
今帰りに通ってきた、バンコク市内のホテルまでの道路は平常通りだったのに、ホンマかいなと思っていたら、タイのTVから女性アナウンサーが何やら同じことを繰り返している(タイ語なので意味不明)
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後で新聞を見ると<現行憲法を停止し、陸軍のソンティ司令官が暫定首相に就任したので国民の協力を要請する>と言っていたらしい。
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翌朝一番で香港への帰国のため朝5時起床、チェッアウトのフロントで聞くとエアポートはオープンしているとのこと運転手のチットにTELして早めの5時半にピックアップしてもらい、とりあえずはぶっとばして空港へ、15年振りといえ、タイでは政権交代の際のクーデターはいつものことなのでチットもNO PROBLEMを繰り返し、タクシンが税金も払わず自分の金儲けばかりするから当然の報い、クデターが起こってよかったという・・・

空港への小雨しょぼふるハイウェイは心なしか交通量が少ない(銀行、役所、工場などが臨時休業のためか?)
あと1週間で新空港スワンナプームに空港機能を移転するドムアン空港に無事到着し、今まで30年以上に渡って利用させてもらったタイへのゲートウェイだったこのドムアン空港も最後になるという感傷的な気分にひたる余裕もなく、ばたばたと哀愁のドムアンから僕にとってはラストフライトになる香港便に搭乗しました。
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それにしても悲願であった9月28日の新空港の開港を目前にして政権の座を追われたタクシンもさぞ無念であったでしょうが、

今の暫定軍事政権で果たして1週間後の新空港の安全な開港はできるのでしょうか?

また、タクシンが先頭に立って進めてきた11月1日からのチェンマイでの花博〔日本政府も5億円の予算を供与)も予定通り開催されるのでしょうか?

すべてはいつものシナリオ通り、プミポン国王のご意向に添って進行されるのでしょうが・・・・

投稿者: otaku 日時: 16:45 | パーマリンク | コメント (0) | トラックバック (0)

G7 シンガポール

IMFの年次総会 G7開催中のシンガポールに入りました。
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空港の到着ロビーから、銃を持った兵士が行き来し、到着客もセキュリティチェック,され異様な雰囲気、開催期間の10日ー20日の間、すべてのホテル料金を通常の2倍以上に値上げし、出来るだけIMFに関係ない入国客を制限し、IMFに向けてのテロ、デモを防ごうとするシンガポール政府の施策がみえみえ、この間どうしても宿泊せねばならないこちらはいい迷惑、市内も会場周辺の道路は交通制限され、ふだん渋滞のないこの国に交通渋滞をもたらし、主要ホテルのロビーにも多くのガードマンが行き来するピリピリムードのシンガポールです。IMGP0074.JPG


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総裁選挙の真っ只中、総会に出席のためシンガポールに滞在せばならない谷垣財務相もいい迷惑でしょうね・・・・

投稿者: otaku 日時: 13:37 | パーマリンク | コメント (0) | トラックバック (0)

神戸女子修道院

6月、先の日本帰国の際、高校時代からの友人、T氏に案内されて訪れたのが
神戸三宮から車で北へ20分、再度山の奥にある外国人墓地、甲子園球場の3倍の広さの敷地に神戸開港時から100数十年の間に外国からやってきて神戸で亡くなった外国人そして外国人と結婚した日本人の墓が約2700基、20にも及ぶ宗教〔カトリック、ギリシャ正教、プロテスタント、ユダヤ教、ゾロアスター教、イスラム教、仏教、儒教etc)の様々な形をした墓石が緑に抱かれて整然と並んでいました。
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T氏はH電鉄勤務のかたわら、神戸の外国人居留区の研究から始まって、現在はこの外国墓地の一基、一基のすでに消えかかった墓石に刻まれた名前を頼りに外国人の足跡を研究し、その研究熱が高じて、上海、キャンベラ、香港の図書館まで文献の発掘に赴いているという市民歴史家で、やがてはすべての墓石のデータベースのデジタル化をライフワークとされています。

この墓地は神戸市建設局の管轄、ここで墓地管理を勤める市職員、M氏から言わせてもこの外人墓地に関してはT氏の知識の右にでるものはないとのこと、最近もあるアメリカ人家族から先祖のお祖父ちゃんの墓の所在についての問い合わせが市のほうにありましたが、T氏はすでに風雪で消えかかったた墓石名から、即座にこの尋ね人の墓石の存在をアメリカに知らせてあげ大変感謝されたとか・・・

ふだんは滅多に人のいない、その墓地ですれ違ったのがカトリックのシスターのお二人、挨拶がわりに言葉を交わすうちにそのうちのご高齢のシスター相川も長年、神戸で宣教活動を行って亡くなった宣教師の歴史を研究されているとのこと
1920年長崎生まれ86歳、まだまだかくしゃくとしたおばあちゃん、立ち話で次々に語られる内容は驚きの連続、まさに生き字引、

是非ゆっくり修道院へ遊びにいらっしゃいとのお言葉を間に受け、(T氏も今のうちに聞いておかないと残された時間が・・? シスター 失礼)

今回の日本滞在最終日、T氏が9月5日のアポイントをお願いしたところシスターからのメッセージ

<お二方と対談できることを楽しみにしています。

対談時間は お二方のお好きなように 20分?2時間? 2日間?

私が知っていることは何でもお話します。

そのかわりお二方も私にいっぱいおしえてくださいね>
T氏と連れ立って、阪急仁川の山麓にある、幼きイエズス修道院 へお伺いした初老の珍客二人はシスター相川はじめ大勢のシスターの歓待を受けました。(こちらもまるで女子寮に入り込んだようなワクワク感・・・)

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シスター相川に通された部屋は大学教授の研究室のような資料の山、そこで86歳のシスター相川が独り文献の整理をされています。
若いシスターのおっしゃるにはにはシスター相川には200歳まで生きていただかないとこの資料の整理は終わりそうにありません。

時折T氏が求める文献も山のようにひっくり返った資料の中からさっと取り出す検索能力はまさに一発検索、生きるGoogle
なかでもシスター相川の労作は130年前神戸に上陸し修道会を創設していった4人のフランス人シスターがフランス本部の総長へ送ったフランス語書簡の日本語訳の出版、フランス人から見た当時の日本の様子が事細かにかかれてあり大変興味ある資料集、シスターがおしゃるには<私、フランス語は全然出来なかったの、

でも神様はこんなすばしいお仕事を私にお与えくださり、辞書を引きながら、またフランス留学経験のあるシスターやフランス人の神父様にお手伝いいただき、本当に楽しかったわ>

何と10年の歳月を経て、<メール・ジュスティヌの書簡集 >が2002年に7月に出版されました。

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そのご本を是非譲っていただきたいと申し出たところ、こちらへいらっしゃいと奥の書庫に案内され2冊取り出されました。

<おいくらですか?>

<お金はいりません、でも私が死んだら、神様に(シスター相川の煉獄にいる時間を出来るだけ短くして天国へお召しください)ってお祈りしてくださったらただでさしあげます>

<もちろん、お安い御用、いくらでもお祈りします、でもシスターのそのお元気さでは我々のほうが先に逝きそうですよ・・>

母親以上のお歳のシスター相川と親子漫才のような、ほのぼのとした楽しいひとときを過ごし、修道院の坂道を降りながら見ると、いただいた本には1枚のしおりがはさんでありました。

< あなたの心配事を私にもはなしてくださいませんか・・・ いっしょに担いでいきましょう > 創立者 レーヌ アンティエ

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投稿者: otaku 日時: 10:35 | パーマリンク | コメント (0) | トラックバック (0)

知床旅情

世界遺産に指定以降、知床ブームとか、ウトロ、知床五湖、岬クルージングは大型バスがひっきりなしに押し寄せ大盛況、原生林の中、太古の空気が流れ、雪の降る前の季節は雄大な知床の大自然見ようと多くの観光客で賑わっていました。
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知床峠を越えた南岸の羅臼の町は昼間は村人は昆布、ホッケ漁に出ていてひっそりと静まりかえっていました。やっとみつけた喫茶店の入って珈琲を注文することしばし、日焼けした村の漁師二人が煙草を吸いながら雑談中、
<どこから来たんね・・?>
<東京です (香港などというと話がややこしくなるから)>
<何もねえからな、この町は・・・・>
<・・・・・・・(本当だから返答に困る)>
壁には<北の国から2002年遺言>の撮影が行われたときに,書いてもらったらしい結婚、離婚前の吉岡秀隆、内田有紀の2枚の色紙が大切そうにビニールのカバーをして貼ってある。

<今日は国後がよく見えるますよ>と店のママ、早速裏の急勾配の山道を車であがると知床、国後展望台、蒼く輝くオホーツクの彼方に望郷の国後島がゆったりと横たわっている。望遠鏡で見ると山肌までがくっきりと見える、一番近いところで19km、歴史のボタンの掛け違いが未だに尾を引く北方領土を眼前に見、日本外交の歯がゆさを今更ながらに感じながら複雑な思いで峠を越えて帰路につきました。
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別れの日は来た 羅臼(ラウス)の村にも
君は出て行く 峠を越え
忘れちゃ嫌だよ 気まぐれ烏(カラス)さん
私を泣かすな 白いカモメよ
  白いカモメよ

投稿者: otaku 日時: 11:54 | パーマリンク | コメント (0) | トラックバック (0)

道東の秋

短い秋が始まった北海道、針葉樹林の中を突っ走る一直線のハイウェイはやがてどこまでも続く原野が左右に広がり、コスモスの花が咲き乱れ、道端には運がよければ蝦夷鹿やキタキツネも時折現れ、日本離れした大陸的なパノラマ ロードが続きます。
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北海道の道路では南の本土では見慣れない矢印が道路の左右上方に並びます、これは積雪時に路肩の位置を示す表示、またオホーツクの海辺の道路は、地吹雪から防護する鋼鉄のフェンス。北の国、北海道ならではの道路の光景です。
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オホーツク海沿いの湿原には水鳥が遊び、その側を走る単線の一両編成の釧網線の小さな駅1日6便の運行、地平線まで延びる大地と大きな空、のんびり感、ゆったり感100%の北海道の秋を堪能しました。
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投稿者: otaku 日時: 06:30 | パーマリンク | コメント (0) | トラックバック (0)

タイ日本絵本図書館

7月28日の当ブログでお知らせした<タイでの日本絵本図書館>のオープニングセレモニーが日本から帰国したメイティンさんも参加し、タイ伝統の仏教式典で昨日おごそかに取り行われました。

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構想20年、嫁ぎ先の神戸の団地で近所の子供たちを集めた英語教室でこつこつ貯めたお金と全国からメイティンさんの夢に共感した人たちからの1000冊の絵本で彼女の夢は実現しました。
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タイ旅行で機会があれば、このタイ初めての小さな日タイ友好の結晶の日本絵本図書館へ是非お立ち寄りください。
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My Library
53/4 Trok Wat Ton Pung
Amphore Mueng Lampang
Lampang 52000 Thailand
TEL: 054-224-221

投稿者: otaku 日時: 06:24 | パーマリンク | コメント (0) | トラックバック (0)

主宰者プロフィール

ガチャマンダオーナー

大宅 一裕
(おおたく かずひろ)

1949年
京都生れ(街頭テレビの力道山の空手チョップに街は熱狂していた)

1968年
神戸六甲学院高校卒業 (裸で便所掃除のスパルタ教育)

1969年
上智大学外国語学部入学(キャンパスにはシュプレヒコールが響き、街には藤圭子の歌が流れていた)

1973年
大手百貨店入社(婦人服部に配属も連日返品作業、催事場での呼び込みの毎日)

1982年
百貨店の海外開店のためファッション担当としてシンガポール出向駐在(?1986年)
(仕入れのため世界各国へ出張し、海外とりわけアジアの魅力にズッポリとはまる)

1987年
百貨店退職後、香港にてGardex Internatinal 設立
香港を基点にヨーロッパ、アジアでのファッションビジネスに携わる

2000年
タイ、チェンマイにて会社設立、旅行業、ファッション、雑貨、食品貿易業のかたわらチェンマイ郊外のプーディン小学校との交流、支援を継続中

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