神戸女子修道院

6月、先の日本帰国の際、高校時代からの友人、T氏に案内されて訪れたのが
神戸三宮から車で北へ20分、再度山の奥にある外国人墓地、甲子園球場の3倍の広さの敷地に神戸開港時から100数十年の間に外国からやってきて神戸で亡くなった外国人そして外国人と結婚した日本人の墓が約2700基、20にも及ぶ宗教〔カトリック、ギリシャ正教、プロテスタント、ユダヤ教、ゾロアスター教、イスラム教、仏教、儒教etc)の様々な形をした墓石が緑に抱かれて整然と並んでいました。
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T氏はH電鉄勤務のかたわら、神戸の外国人居留区の研究から始まって、現在はこの外国墓地の一基、一基のすでに消えかかった墓石に刻まれた名前を頼りに外国人の足跡を研究し、その研究熱が高じて、上海、キャンベラ、香港の図書館まで文献の発掘に赴いているという市民歴史家で、やがてはすべての墓石のデータベースのデジタル化をライフワークとされています。

この墓地は神戸市建設局の管轄、ここで墓地管理を勤める市職員、M氏から言わせてもこの外人墓地に関してはT氏の知識の右にでるものはないとのこと、最近もあるアメリカ人家族から先祖のお祖父ちゃんの墓の所在についての問い合わせが市のほうにありましたが、T氏はすでに風雪で消えかかったた墓石名から、即座にこの尋ね人の墓石の存在をアメリカに知らせてあげ大変感謝されたとか・・・

ふだんは滅多に人のいない、その墓地ですれ違ったのがカトリックのシスターのお二人、挨拶がわりに言葉を交わすうちにそのうちのご高齢のシスター相川も長年、神戸で宣教活動を行って亡くなった宣教師の歴史を研究されているとのこと
1920年長崎生まれ86歳、まだまだかくしゃくとしたおばあちゃん、立ち話で次々に語られる内容は驚きの連続、まさに生き字引、

是非ゆっくり修道院へ遊びにいらっしゃいとのお言葉を間に受け、(T氏も今のうちに聞いておかないと残された時間が・・? シスター 失礼)

今回の日本滞在最終日、T氏が9月5日のアポイントをお願いしたところシスターからのメッセージ

<お二方と対談できることを楽しみにしています。

対談時間は お二方のお好きなように 20分?2時間? 2日間?

私が知っていることは何でもお話します。

そのかわりお二方も私にいっぱいおしえてくださいね>
T氏と連れ立って、阪急仁川の山麓にある、幼きイエズス修道院 へお伺いした初老の珍客二人はシスター相川はじめ大勢のシスターの歓待を受けました。(こちらもまるで女子寮に入り込んだようなワクワク感・・・)

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シスター相川に通された部屋は大学教授の研究室のような資料の山、そこで86歳のシスター相川が独り文献の整理をされています。
若いシスターのおっしゃるにはにはシスター相川には200歳まで生きていただかないとこの資料の整理は終わりそうにありません。

時折T氏が求める文献も山のようにひっくり返った資料の中からさっと取り出す検索能力はまさに一発検索、生きるGoogle
なかでもシスター相川の労作は130年前神戸に上陸し修道会を創設していった4人のフランス人シスターがフランス本部の総長へ送ったフランス語書簡の日本語訳の出版、フランス人から見た当時の日本の様子が事細かにかかれてあり大変興味ある資料集、シスターがおしゃるには<私、フランス語は全然出来なかったの、

でも神様はこんなすばしいお仕事を私にお与えくださり、辞書を引きながら、またフランス留学経験のあるシスターやフランス人の神父様にお手伝いいただき、本当に楽しかったわ>

何と10年の歳月を経て、<メール・ジュスティヌの書簡集 >が2002年に7月に出版されました。

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そのご本を是非譲っていただきたいと申し出たところ、こちらへいらっしゃいと奥の書庫に案内され2冊取り出されました。

<おいくらですか?>

<お金はいりません、でも私が死んだら、神様に(シスター相川の煉獄にいる時間を出来るだけ短くして天国へお召しください)ってお祈りしてくださったらただでさしあげます>

<もちろん、お安い御用、いくらでもお祈りします、でもシスターのそのお元気さでは我々のほうが先に逝きそうですよ・・>

母親以上のお歳のシスター相川と親子漫才のような、ほのぼのとした楽しいひとときを過ごし、修道院の坂道を降りながら見ると、いただいた本には1枚のしおりがはさんでありました。

< あなたの心配事を私にもはなしてくださいませんか・・・ いっしょに担いでいきましょう > 創立者 レーヌ アンティエ

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主宰者プロフィール

ガチャマンダオーナー

大宅 一裕
(おおたく かずひろ)

1949年
京都生れ(街頭テレビの力道山の空手チョップに街は熱狂していた)

1968年
神戸六甲学院高校卒業 (裸で便所掃除のスパルタ教育)

1969年
上智大学外国語学部入学(キャンパスにはシュプレヒコールが響き、街には藤圭子の歌が流れていた)

1973年
大手百貨店入社(婦人服部に配属も連日返品作業、催事場での呼び込みの毎日)

1982年
百貨店の海外開店のためファッション担当としてシンガポール出向駐在(?1986年)
(仕入れのため世界各国へ出張し、海外とりわけアジアの魅力にズッポリとはまる)

1987年
百貨店退職後、香港にてGardex Internatinal 設立
香港を基点にヨーロッパ、アジアでのファッションビジネスに携わる

2000年
タイ、チェンマイにて会社設立、旅行業、ファッション、雑貨、食品貿易業のかたわらチェンマイ郊外のプーディン小学校との交流、支援を継続中

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