
昨日香港から開港4日目のバンコク スワンナプーム空港に到着しました。

バンコク市内から東へ32km ノングーハオの沼地での土地の確保から40年間、歴代の首相が誰も手をつけなかったこの大プロジェクトを前首相タクシンの悲願で遅れに遅れたけれど何とか開港までこぎつけた、いわくつきの新空港。
そのタクシンも自分でごり押しで決定した開港日の1週間前にクデターであえなく首相の座から転げ落ちロンドンからも当然帰国できず歴史的な開港日には立ち会うことができませんでした。
空港の名前も当初、この地域の名ノングーハオ(コブラ沼)を国王の一声でスワンナプーム(黄金の地)に変更されたとか、いかにもタイらしい話。
28日の開港当日は予想通り、トラブル続出、チェックインした荷物が出てこない、30分,1時間待ちは当たり前、4時間も待たされた韓国人観光客がぶち切れて空港職員を殴りつけたとか・・・
バンコク在住の友人からの勧めもあり、昨日は荷物はチェックインせず、手荷物バッグに必要なものギュウギュウに詰め込んでの搭乗。
香港からの出発遅れのため30分遅れの新滑走路への初着陸、空港周囲はまだまだ建設途中か沼地のまま、いかにも無理して何とかとりあえず開港した感じ。
成田空港の3倍の広さと聞いていましたが、到着してからイミグレーション(入国審査)までの距離の長いこと動く歩道を何機も乗り継いでやっとのことでたどり着いた入国審査カウンターは旧空港より多く設置され時間帯もあってか4-5人待ちで意外と早く通過、預け荷物はないのでそのまま、荷物待ちの客を横目にパスし、スイスイとフリーパスの手荷物検査を通って到着ロビーに出てびっくり、ベトナム、インドの空港ような大勢の出迎え客、おまけにホールが狭く満員電車状態。
キョロキョロしているとはるか向こうから手を振る運転手チットの姿、チットからの情報では到着出口は3つあり、それもとんでもなく離れているため事前に便名から出口をチェックしていないと出迎客との待ち合わせもできなくなるとのこと。
旧空港だとそのまま同じビルの駐車場に行って市内に向うことになっていたのですが、新空港では駐車場ビルが離れていて駐車場まで行って車を廻すからしばし待っていてくれと言ったチットは10分たっても15分たっても戻ってこない、やっと20分以上経ってから車登場、駐車場の出口からの大渋滞の結果とのこと。
これじゃあ何の為に手荷物だけで早く出て来たのか意味ないじゃん、と思いながらやっと車に乗り込み市内へ向いました。
多くの課題山積の新空港ですが、タイの人たちにとっては新たな観光スポットになったようで昨日は始めての日曜日、家族連れの人、人、人であふれかえっていました。
このほとぼりが冷め、空港システムも通常通りに作動するようになるのにはあと2-3ヶ月はかかるのでしょうか?
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大宅 一裕
(おおたく かずひろ)
1949年
京都生れ(街頭テレビの力道山の空手チョップに街は熱狂していた)
1968年
神戸六甲学院高校卒業 (裸で便所掃除のスパルタ教育)
1969年
上智大学外国語学部入学(キャンパスにはシュプレヒコールが響き、街には藤圭子の歌が流れていた)
1973年
大手百貨店入社(婦人服部に配属も連日返品作業、催事場での呼び込みの毎日)
1982年
百貨店の海外開店のためファッション担当としてシンガポール出向駐在(~1986年)
(仕入れのため世界各国へ出張し、海外とりわけアジアの魅力にズッポリとはまる)
1987年
百貨店退職後、香港にてGardex Internatinal 設立
香港を基点にヨーロッパ、アジアでのファッションビジネスに携わる
2000年
タイ、チェンマイにて会社設立、旅行業、ファッション、雑貨、食品貿易業のかたわらチェンマイ郊外のプーディン小学校との交流、支援を継続中