大地の咆哮を思う

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上海摩天楼のを臨みながら浦東のホテルの一室で、様々な思いのうちに、今一度杉本信行氏<大地の咆哮>を読み直しています。

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2004年4月の領事館職員の自殺は杉本氏が総領事の時、残された遺書のうち杉本氏への遺書が一番長文であったとか、中国側からスパイ行為を強要された末の自殺との疑いを外務省に直訴しましたが小泉首相のもとへは届かず、無念のうちの2004年秋、今度は自身への末期胃癌の宣告、辛い闘病生活の中の覚悟の執筆、そして2006年8月3日他界、35年間の中国、日中関係への思いを書き上げた壮絶な遺書となってしまいました。

絶えず弱いものの立場に立っての草の根外交官であった氏はランドクルザーで中国奥地まで踏み込み、中国近代化の波に取り残された僻地への日本からの援助での小学校建設の旗振りとなりました。派手な大プロジェクトへの資金援助よりも、中国政府がないがしろにしている農村での小学校建設こそ、将来的に日中友好の礎になりうると考えていました。

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カトリック信者である氏の望みは最後の章にあるバチカンと中国の国交回復によりカトリックのミッションが中国奥地まで入り込んだネットワーク活動による、中国の真の民主化、近代化ではなかったかと、同じカトリック者として推察するのですが・・・・

志半ば57歳の若さで逝かれた杉本信行氏のご冥福を今夜上海上空に輝く月に捧げます。

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主宰者プロフィール

ガチャマンダオーナー

大宅 一裕
(おおたく かずひろ)

1949年
京都生れ(街頭テレビの力道山の空手チョップに街は熱狂していた)

1968年
神戸六甲学院高校卒業 (裸で便所掃除のスパルタ教育)

1969年
上智大学外国語学部入学(キャンパスにはシュプレヒコールが響き、街には藤圭子の歌が流れていた)

1973年
大手百貨店入社(婦人服部に配属も連日返品作業、催事場での呼び込みの毎日)

1982年
百貨店の海外開店のためファッション担当としてシンガポール出向駐在(?1986年)
(仕入れのため世界各国へ出張し、海外とりわけアジアの魅力にズッポリとはまる)

1987年
百貨店退職後、香港にてGardex Internatinal 設立
香港を基点にヨーロッパ、アジアでのファッションビジネスに携わる

2000年
タイ、チェンマイにて会社設立、旅行業、ファッション、雑貨、食品貿易業のかたわらチェンマイ郊外のプーディン小学校との交流、支援を継続中

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