北部タイ 象病院 FAE

1年振りに、友人の五色塾主宰者、小川さんと昨年も訪問したチェンマイから南へ70kmランパンの森の中にある 象病院 FAE (Friends of Aisan  Elepant )を訪問しました。
この象病院には7年前、タイ、ミャンマー国境で地雷で左前足を負傷したモタラが治療生活を送ってます。

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1999年、モタラの手術はタイでは初めての3トンの体重に耐える手術台を作り、30名もの獣医による傷口を30cmの骨と組織を切除する大手術でした。術後も止血処置、感染症からの保護、そして何より当時38歳のモタラの衰弱は激しく余談を許されない状況の日々が続き、その間、このニュースはマスコミを通じタイ国内外に報道され、人間に仕掛けられた地雷の犠牲となり苦しんでいモタラへ世界中の無名の人たちから多くの励ましのメッセージとともに400万バーツ(1200万円)もの義援金が集まりました。

不登校のこどもたちを自宅に寄宿させて不耕農法で農業活動をしている小川さんの五色塾もこどもたちといっしょにお金に<頑張れモタラ>の手紙と絵を添えてを送っていました。

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1年振りのモタラはギブスをはずし包帯を巻き、黄色に輝くのゴールデンシャワーの木陰の厩舎で3本足で元気にたって餌を食べていました。
今でも人間からの感染症防止のため、関係者以外は側には近寄れませんでしたが、去年よりは元気になっているような感じがしました。

この病院にはモタラの他に、餌を求めて村の畑の下りてきたときに村人に目を射ぬかれて失明した象や崖から転落して両足を骨折した象5頭ほどが現在入院しています。

その中でまた悲しいことですが、ミャンマー国境での森の伐採作業中の母象に付き添っていて、やはり右前足先を地雷で吹き飛ばされた生後8ヶ月の小象、モーチャが母象といっしょにあらたに入院してきていました

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我々が近寄ると小象らしく木の柵越しに体を乗り出して鼻と先の失くなった右前足を摺り寄せてきます。
その愛らしい仕草にひきかえ、これから3本足で生きていかなければならないモーチャの長い一生を思うと、人間のみならず象までも被害を受けている人間のエゴで仕掛けた地雷に対し、嫌悪と悲嘆の情を禁じえず、モーチャの1日も早い退院を願い病院を後にしました。

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主宰者プロフィール

ガチャマンダオーナー

大宅 一裕
(おおたく かずひろ)

1949年
京都生れ(街頭テレビの力道山の空手チョップに街は熱狂していた)

1968年
神戸六甲学院高校卒業 (裸で便所掃除のスパルタ教育)

1969年
上智大学外国語学部入学(キャンパスにはシュプレヒコールが響き、街には藤圭子の歌が流れていた)

1973年
大手百貨店入社(婦人服部に配属も連日返品作業、催事場での呼び込みの毎日)

1982年
百貨店の海外開店のためファッション担当としてシンガポール出向駐在(~1986年)
(仕入れのため世界各国へ出張し、海外とりわけアジアの魅力にズッポリとはまる)

1987年
百貨店退職後、香港にてGardex Internatinal 設立
香港を基点にヨーロッパ、アジアでのファッションビジネスに携わる

2000年
タイ、チェンマイにて会社設立、旅行業、ファッション、雑貨、食品貿易業のかたわらチェンマイ郊外のプーディン小学校との交流、支援を継続中