チェンライ 白亜の寺院

タイ北部の町、チェンライから南に10kmの田舎町に忽然と現れる白亜に光り輝く寺院、金ぴかの寺院が主流のタイ全土で白亜の寺院はここだけとか・・・
寺院の名前は<ワット ロンクン> (ロンクン)というのはこの村の名前で( 濁った小川 )という意味だとか・・

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このお寺を建てたのが、タイでは有名な仏画の芸術家 チャルムチャイ コーシッピパット氏、独特のタッチの仏画を描き、活躍の場はすでにインターナショナル。民族芸術保持者( タイの人間国宝 )にも認定されているまだ50代の若き大御所。その画風は横尾忠則風の幻想的宇宙の世界

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彼が生まれた村に恩返しの意味で、すべて自費を投じて建てはじめたのが、このワット ロンクン、
建設に先駆け、3年かけてタイの寺院様式を勉強し、まず1997年本堂の建築から始めました。
(タイ人はお金を儲けるとよく生まれ故郷にお寺を寄進します。日本へ出稼ぎにきているジャパユキさんの中にも故郷にお寺を建てた人が何人もいます)

当初10年で完成とされていた本堂は10年経った今でも未完成で、周囲の仏殿の完成まではあとまだまだ、まさしくタイの(サクラダ ファミリア教会)です。

本堂の全容が見られる今、すでに観光バスが列を成すほどのあらたな観光スポットとなり、連日多くの観光客がつめかける中、工事は日夜進行中、
白亜の漆喰にガラスを埋め込み、コーシッピパット氏の理想とする
純粋無垢の仏陀の世界の完成はいつになることでしょうか?

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世界からの便り

主宰者プロフィール

ガチャマンダオーナー

大宅 一裕
(おおたく かずひろ)

1949年
京都生れ(街頭テレビの力道山の空手チョップに街は熱狂していた)

1968年
神戸六甲学院高校卒業 (裸で便所掃除のスパルタ教育)

1969年
上智大学外国語学部入学(キャンパスにはシュプレヒコールが響き、街には藤圭子の歌が流れていた)

1973年
大手百貨店入社(婦人服部に配属も連日返品作業、催事場での呼び込みの毎日)

1982年
百貨店の海外開店のためファッション担当としてシンガポール出向駐在(~1986年)
(仕入れのため世界各国へ出張し、海外とりわけアジアの魅力にズッポリとはまる)

1987年
百貨店退職後、香港にてGardex Internatinal 設立
香港を基点にヨーロッパ、アジアでのファッションビジネスに携わる

2000年
タイ、チェンマイにて会社設立、旅行業、ファッション、雑貨、食品貿易業のかたわらチェンマイ郊外のプーディン小学校との交流、支援を継続中