
香港の我がオフィスは20年来、香港島随一の繁華街 銅鑼湾(コーズウェイベイ)の築50年の前時代的蛇腹式シンドラー製エレベーターのマンションビルの中にあります。
付近には百貨店、ショッピングセンター、市場、ブテック、映画館、レストラン、カラオケ、ホテルなどなどが半径500mにひしめきあうように集合し、まるで歌舞伎町か心斎橋のど真ん中にあるような感じ、
朝早くから夜中遅くまでどこからともなく湧いてくるうねりのような人波がとだえることはありません
その中で最近目立って増えているのが日本レストラン、居酒屋、すし屋、ラーメン屋そしてたこ焼き屋まで・・・・
経営も客もほとんどが香港人、日中の政治の冷え込みとは関係なく食、音楽、芸能、アニメ、ゲームソフトの日流 は確実に香港人の生活に浸透していっています。
しかし、ここ銅鑼湾の商業施設の家賃は世界でNO3の高さだとか(NO1マンハッタン、NO2シャンゼリゼ)
それだけに、多くのテナントは家賃との戦いに破れ、撤退、夜逃げで入れ替わりも激しく、儲かってるのはデベロッパーと内装業者だけといういびつな状況が続いています。
弊社が商品をお世話させてもらっているHIKOSEN CARA店 >も今まで香港三越の中にありましたがビル全体の改修にともない香港三越は9月で撤退し、急遽物件を物色し入居したのが銅鑼湾のど真ん中にあるCAUSEWAY PALAZA 1の1F(日本での2階)3坪のうなぎの寝床のようなスペースで家賃が月40,000香港ドル(60万円)、他の国の人が聞けば卒倒しそうな価格。
それでも背に腹は代えられず、先月何とか新装開店・・・これからクリスマス、旧正月の最大の商戦、世界NO3の高家賃の壁に向っての熱く厳しい挑戦の日々が続きそうです。
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大宅 一裕
(おおたく かずひろ)
1949年
京都生れ(街頭テレビの力道山の空手チョップに街は熱狂していた)
1968年
神戸六甲学院高校卒業 (裸で便所掃除のスパルタ教育)
1969年
上智大学外国語学部入学(キャンパスにはシュプレヒコールが響き、街には藤圭子の歌が流れていた)
1973年
大手百貨店入社(婦人服部に配属も連日返品作業、催事場での呼び込みの毎日)
1982年
百貨店の海外開店のためファッション担当としてシンガポール出向駐在(~1986年)
(仕入れのため世界各国へ出張し、海外とりわけアジアの魅力にズッポリとはまる)
1987年
百貨店退職後、香港にてGardex Internatinal 設立
香港を基点にヨーロッパ、アジアでのファッションビジネスに携わる
2000年
タイ、チェンマイにて会社設立、旅行業、ファッション、雑貨、食品貿易業のかたわらチェンマイ郊外のプーディン小学校との交流、支援を継続中