チェンマイ山里に桜咲け!

山形JFC石井農場の石井さんのご好意でわけていただいた桜の苗木を友人の伊倉良子さんにチェンマイまでお持ちいただき、朝晩肌寒くなったチェンマイ郊外の山里のプーディン小学校で植樹を行いました。

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校庭の正面一列にあらかじめ掘っていただいていた穴に子供たちといっしょにスコップを持って肥料を下地に13本の苗木(その品種は美和、希望、初夢吹雪)を早く大きくなれと皆で念じながら植え込み、水もたっぷり注ぎ、事前に父兄の方々が山から切ってきた竹で作った囲いをローマ字で書いた品種のプレートを添えて設置し、それぞれの苗木の前で記念撮影を行いました。

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今まで何度か試みた桜の植樹でしたが残念ながら根付かせることはできませんでしたが、今度こそ無事芽吹きいつの日か日本から4000km離れたこのチェンマイの山里の校庭での桜吹雪を夢見ながら、小学校を後にしました。

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投稿者: otaku 日時: 08:24 | パーマリンク | コメント (0) | トラックバック (0)

トロピカル クリスマス

国民の大半が敬虔な仏教徒のタイにあって北の都チェンマイには200以上の仏教寺院の他、キリスト教の教会やイスラム教のモスクも多くあり祈りの都でもあります。

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街の中心を流れるピン川沿いにあるカトリック聖心教会でも昨夜のクリスマスミサに多くの信者が集いキリストの生誕を祝い打ち鳴らされる鐘の音が深夜の街に響き渡りました。

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熱帯にあっても12月になってから朝夕肌寒いチェンマイ、開催中の世界園芸博覧会にも国内外から多くの観光客が訪れ、これから新年にかけてチェンマイの最も賑わう季節が到来しています。

投稿者: otaku 日時: 08:49 | パーマリンク | コメント (0) | トラックバック (0)

スタンレーで乾杯!

香港島は二つの顔を持っています。
喧騒と猥雑の中で金融と経済がめまぐるしく躍動し続けるビクトリア ハーバーに面した島北部と白砂の海岸と地中海風の超高級住宅、高層コンドミニアムが林立する東シナ海に面した静寂の島南部。


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島の中心セントラルのエクスチェンジ スクエアから2階建ての快速260番
赤柱(スタンレー)行きのバスに乗り込み島を縦断するアバディーントンネルを抜け海岸沿いに曲がりくねった狭い道をジェットコースターのように突っ走ると
40分ほどでスタンレー(赤柱)に到着します。


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半島に位置したこの一帯は、古くからヨーロッパ人に愛された地域
昔ながらの雑貨からファッション,みやげ物、画廊など小さな店は今も多くの観光客で賑わいそこを抜けた海沿いに並ぶサンタモニカ風(?)のカフェやレストラン、バーの一帯は次々と新しい店が店開きしています。

かって香港に住んでいたテレサテンもこのスタンレーを愛し、彼女が頻繁に利用したシーフードレストランでは今は店の名は変わってしまったけれど、昔の面影を残した趣ある建て物は今も健在です。


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海沿いを300mほど行くと、マレーハウスと呼ばれるコロニアル風の石作りの洋館が見えてきます。1846年にイギリス将校の住居としてセントラルに建てられていた香港最古の歴史的建造物を保存されていた4000個あまりの当時のままの花崗岩ブロックを使用して2001年場所移し、ここスタンレーに復元されたとのこと。1階は港町香港を往来した先達の夢と浪漫の歴史を感じさせる物品が展示してある香港海事博物館、2階は多国籍レストランがあり、新たな観光スポットとなっています。


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夕闇せまるころ海岸沿いのバーで潮風を受けながら冷えたビールを飲んでいると、時がプレイバックしたようなコロニアル香港を体験できます。


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投稿者: otaku 日時: 17:10 | パーマリンク | コメント (0) | トラックバック (0)

村のアクセサリー工房

大分県の一品一村運動をモデルとした、タイ政府が推進しているOTOPプロジェクト.タイ国全土でのタイ伝統の手工芸品の技術にタイ政府が商品開発、デザインをバックアプして国内外市場に販売促進までしようとする国家プロジェクト。

交流しているプーディン村の村長さんからの依頼で、バンコク在住のデザイーと共同で村にアクセサリー工房を立ち上げたのが2年半前、国内外のデザイナーの協力を得て天然石とシルバーで生産した村の商品を僕もいちセールスマンとしてヨーロッパ、タイ、香港、日本の展示会で出展営業のお手伝いをさせていただき、お陰様で何とか軌道に乗りはじめ、農業しかなかったこの村の新たな雇用を創生することが出来、今まで外へ出稼ぎに行っていた若い女性も村に留まって働くチャンスができるようになりました。

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この度、日本でコムテック株式会社の宮倉さん。吉田さん、P2D2社の、木元英俊さん、木元主基さん、くりかみ まりさんの懸命の努力で開店までこぎつけた、楽天市場サイトにも村の工房で制作したアクセサリーを多数掲載いただくことになりました。

工房の女性たちは日本語は読めませんが、憧れの日本のきれいなサイト画面に自分たちの作ったアクセサリーが掲載されているのを見て<スワイ マクマク 超キレイ>を連発して大喜びです。

皆様も機会があれば是非 ユメ ギャラリーマリリン (ここをクリック)へアクセスいただきご意見、ご感想いただければ幸いです。

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(もしご注文いただければ、もっともっと幸いです  たとえサクラの方でも

投稿者: otaku 日時: 11:57 | パーマリンク | コメント (0) | トラックバック (0)

RIKAさんのアロハ通信

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12月10日、ホノルル快晴。
午前5時に2006年ホノルルマラソンがスタートしました。今年のエントリーは28635名、そのうち日本からの参加者は62%の17905名です。日本人ランナー17905名中、今回が初参加という人は9523名。エントリー時には自己ラップ等のリクアイアメントは一切ありません。参加者の年齢も7歳から88歳と誰もが自分のペースで走ることができるアロハスピリットならではの大変懐の深いマラソンです。

当日、42.195キロのコースもあとゴールまで6キロという地点で応援しました。時間はレース開始から4時間が過ぎようとする午前9時過ぎ。写真に写っている皆様は5時間から6時間のラップでフィニッシュなさっています。

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ホノルルマラソンならではの楽しみのひとつはランナーの思考を凝らした衣装を
見ることです。スパイダーマン、さぞ暑かったことでしょうね沿道で応援する人々はとても温かい声援を送り、またその声援に対してユーモア溢れる応対をしながら走り去るランナーの姿はなんとも言えずいいものです。沿道で応援するスノーマンはハワイに相応しく腰蓑をまとっていました。(マラソンが終わった夕方にその前を散歩した時は、気が抜けたのか?横たわっていましたが・・・)

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今年1位のフィニッシャーはエチオピアの男性で2時間13分。女性最高齢の88歳のランナーは約8時間半、そして男性86歳は8時間弱でのゴールインです。

昨年のホノルルマラソンには大学生の我が息子も学校の友人5名と一緒に参加。普段特にトレーニングはしていなかったので、最後は歩いてでもゴールすればと思っていましたが、全員4時間から5時間のラップで完走!とても感動的な体験でした。

同じゴールを目指して国籍も年齢も違う人々がそれぞれ苦しみを乗り越えて、しかし楽しげに走る姿は何度見てもとても心温まる光景です。レース開始から12時間経った午後5時過ぎにゴールまであと5キロ程の地点をゼッケンを付けた目が不自由な方とその付き添いの方がまだゴールを目指してトボトボ歩いていました。最後まで投げ出さないあの勇気に胸を打たれました。そろそろ付近も暗くなり始めていましたので無事にゴールインなさったことを祈るのみです。

2007年ホノルルマラソンは12月9日に開催されます。

RIKA

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投稿者: otaku 日時: 13:16 | パーマリンク | コメント (0) | トラックバック (0)

12月 香港

3週間ぶりに帰国した香港は、すっかりクリスマスモード、海峡を挟むそそり立つ高層ビル群はクリスマスのイルミネーションで輝き、ビクトリアパークでは香港の年末の恒例香港産品の展示即売博覧会 41回工展会が9日から年明けの1月1日まで開催され多くの香港人で賑わっています。

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日本から来訪の高校時代の旧友と夕食の前にスターフェリーで黄昏クルージングをとセントラルのフェリー乗り場へタクシーで行ってみましたが驚いたことに、スターフェリーの乗り場がディズニーランドようなメルヘンチックな白亜の建物<セントラル ピア>に一新していました。

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聞けば11月11日で1958年から続いてきた旧エディンバラ プレース埠頭は閉鎖し、12日から500mほど離れたこの新生セントラル ピアがオープンしているとのこと、11日の深夜12時にはサヨナラ記念航行の4隻のフェリーが同時出航し、12回打ち鳴らされた鐘の音とともに、旧埠頭の照明がすべて落とされ48年間の歴史に幕が降ろされたとか・・・

(余り長く香港を留守をしていると、こんな歴史的イベントの情報にも、疎くなってしまい反省、反省・・・)

新生埠頭からフェリーに乗り,潮風を受け、黄昏せまる香港島の夜景を見ながら5分のクルージングで対岸九龍埠頭に到着、そのまま海峡沿いに長く続く舗道は、すでに、クリスマスの夜景を見に来ている人でいっぱい。

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この最高にロマンティックな舗道を、中年のおっちゃん二人が背中を丸めながらそそくさと歩いて辿りついた半島の先端インターコンチネンタル ホテルの1階ラウンジはやはり、この界隈NO1の絶景スポット。

週末とあいまってすでに満席、しばらく待ってやっと席につき、BGMのピアノの甘いバラードが流れ、正面のガラス越しに拡がるきらめく香港島の夜景、ネオン色に染まる海峡を横切る大型客船、ジャンク、観光船のスペクタクルはまさに圧巻。

やはりこの絶景はおっちゃんどうしでなく、もしも願いが叶うなら愛する人と二人でおしゃれなカクテルでも傾けながら見なきゃもったいないよね・・・と

側にいるカップルを横目で見ながら、幸せ薄いおっちゃん二人でボソボソと恨みがましく話しながら、ピーナツをつまみに居酒屋気分で水割りをグビグビ飲んでいました。


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投稿者: otaku 日時: 15:15 | パーマリンク | コメント (0) | トラックバック (0)

プーディン小学校 卓上カレンダー

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タイ北部の村プーディン小学校のHIV(エイズ)で親を亡くした子供たちを支援するプーディン小学校基金を始めてから丸3年が経ちました。


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この間延べ452口の個人、グループ、法人の皆さんからの善意の募金が集まり、3年に渡り延べ46人の生徒の奨学金、生活費、通院費として寄付させていただき、その都度子供たちから感謝の手紙と絵をいただいてきました。

また250人を超える友人の皆さんが小学校を訪問していただき、子供たちや村の人たちと友好の輪を拡げてくださり相互の心の絆ができたことが大きな収穫となっています。


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この度、子供たちから贈ってもらった絵を職人ウィラポンが2007年の卓上カレンダーに製作しましたのでご希望の皆様にプレゼントしたいと思います。

ご希望の方は右上の掘り出し物 この商品を買う(象さんマーク)からお申込みください。

勿論、カレンダー、送料ともすべて無料でお送りさせていただきます。(ただし、日本での発送となりますので、年明け1月となりますことをご了解ください。)

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カレンダーの絵から子供たちの笑い声と村のそよぐ風が伝わってくるようです

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投稿者: otaku 日時: 11:57 | パーマリンク | コメント (0) | トラックバック (0)

環地球的日本人

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プミポン国王 79歳の誕生日を祝う祝典で賑わうバンコクから香港へ帰国のため空港へ向う2時間前、昼食を兼ねてお会いしたアメリカ ロスアンジェルス(LA)から来られた日本人の紳士の生き様に感動しました。

T.M 氏
1939年 生まれ 67歳
1965年 東大卒 
1965年渡米し、ゴルフジャーナリスト、ゴルフカメラマンの草分け
1977年樋口久子の全米女子プロ選手権(サウスカロライナ州、ベイトリー・プランテーション・コース)優勝に立ちあった唯一の日本人記者
アメリカ中のゴルフ場もを巡りツアーの取材活動を続ける、青木功とも親交がある。
22年前から LAで日本人向け フリーペーパーではNO1の日刊サン(無料)
(記事はサンケイスポーツが全面提供)を発行、現在 LA,ハワイで発行、来年からはNYで再発行計画中、世界中で日刊の日本語フリーペーパーはこの日刊サンだけです。またグラフック会社 JAPAN GRAPHICS社長でもいらっしゃいます。


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5年前からアメリカで知り合ったタイ人の故郷、バンコクから東北へ車で5時間の奥地 PHURUAという標高1000mの高原の村(日本人は誰もいないし、タイ人ですら聞いたことがない町ですが土地の人はタイのスイスといって花咲き乱れる桃源境とのこと)に単身入り込み70000坪の土地を取得し、500坪の15部屋の自宅兼のロッジを建てその周囲に老後の楽しみとして今までアメリカ中で巡ったゴルフコースの集大成として自分でゴルフ場を設計し、村人といっしょに造成を始められて日本からハンドキャリーされたしだれ桜や紅葉を植林されています。
でも、夢はチャンピオンコースを目指されていますが、どう計算しても70000坪では9ホールもできないようですので土地の買い増しを計画中ですが、周囲の土地はこの間、3倍に急騰してしまっているとか・・・

アジアで25年生活してきている僕が最も感動したのは、T.M氏が40年間でアメリカンドリームを達成されながらなお60歳を過ぎてから、一人土地勘もなく言葉も通じないタイの田舎に入り込みアジアンドリームに黙々と挑戦されているカッコよさであり、しゃべり方も静かで気負ったところもなく、(アジア浪人の僕のようながさつさはなく・・・)アメリカ在住40年のバター臭さをまったく感じさせない日本のどこにでも見かける上品な自然体の紳士であったことです。

現在LAとタイをひとりで年間3-4回往復生活中(前日バンコクに到着され、このLA-タイの飛行時間20時間、時差16時間をものともせず平常体で過ごされていることもビックリでしたが・・)

もうひとつの驚きは5年間一度もこのゴルフ天国タイでゴルフをされずにゴルフ場をつくりはじめられていること・・・(何で???)

また、もうひとつの新たな挑戦は本業のフリーペーパーのバンコクでの発行も計画されていてこれも独りご自分の足で黙々と調査され、パートナーも探されています。

そんなT.M氏と昨日お会いして、世界を舞台にした日本人にすごい人がいらしゃることとまだまだ自分がガキであることを実感し、まだまだお聞きしたいことがあるので20日僕がバンコクに戻る日に是非とも再会し話しの続きをさせていただき、機会があればゴルフのご指導もしていただくことを約してバンコク新空港でお別れしました。

投稿者: otaku 日時: 15:52 | パーマリンク | コメント (0) | トラックバック (0)

タイの小さな村での小さな国際交流

ハワイ在住 Rさんのハワイ通信 右の<世界からのたより>に掲載しました。

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先週のタイ北部、プーディン村での日本からの若い2人のお嬢さん(HちゃんとYちゃん)のホームステイでの滞在は、2泊3日の短期間ではありましたが、村にも小学校にとってもビッグイベントでもあり、彼女たちにとっても人生の宝となる経験だったようです。


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初日、小学校の講堂では全校生徒80人、先生、父兄からの熱い歓迎を受けました。まずは女生徒による歓迎のタイ舞踊、そしてタイ民族楽器の演奏、そのお返しとしてのHちゃん、Yちゃんふたりの縦笛と合唱での<里の秋><ふるさと>の澄んだ音色と歌声が講堂に響き、生徒たちもうっとりと聴いていました。

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その後の折り紙教室も彼女たちの周りに多くの生徒たちが集まり、かぶとと鶴を教えてあげ、手先の器用なタイの子供たちはすぐに上手に折れるようになり、自分の作品を大事そうに持ち帰りました。

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2人のホームステイ先は小学校6年生のモンメンちゃん(タイ語のニックネームでどろんこ娘の意味、大きくなってきたらちょっとかわいそうな名前)の家、トイレもシャワーも外の小屋の典型的なタイの質素な木造農家、さっそく2人は子供たちに連れられて近所の沼へ水浴びを兼ねた水遊びに、夜は農作業から帰った家族といっしょに床に料理を置いて車座になっての夕食、そして近所の子供たちも集まり、楽器や指さしタイ語の本を差しながらタイ語を教えてもらったり、日本語を教えてあげたりの楽しい国際文化交流のうちに夜はふけて行きました。

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翌日は家族全員でオートバイにリヤカーを曳いてのオープンサイドカーで畑へ行っての稲刈り開始、HちゃんもYちゃんも日本で農業経験があり、農作業はお手のもの、ただし、タイの暑さは日本と勝手が違いかなりの苦行となりましたが、どの国の農民も農作業をいっしょにすると心はひとつになり、現場に神宿る、お互い不思議な一体感が生まれ、みんなすっかり仲良くなっていました。

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夜は小学校で星降る夜空の下、キャンプファイアの宵(前号で既報)

3日目の午前中も農作業を手伝い、昼食は小学校で生徒たちとチェンマイ名物のカレーうどん カオソイの給食をいっしょに食べ、その後、校長先生が校庭で全校生徒を集めてのお別れ会、校長先生の2人の訪問に対しての感謝と惜別のあいさつに続きふたりへ村の名産タイコットンのマフラーと新米がプレゼントされ、ホストファミリーのお母さんトイさんからは、家族になった証の綿のイサンガを結んでもらい、短かったけれどお互いの心に深く残るホームスティを終え、生徒の中には号泣する子もいて、みんな涙のうちに村をあとにしました。(ウルルン滞在記のあの涙の別れのように)

それにしても村の子供たちは、うれしいときは満面の笑みをうかべ、悲しいときには純粋に涙する、本当に素直ないい表情で応えてくれる。


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チェンマイに戻ってからの宿帳にYちゃんの手記には
<モンメンちゃんも家族のみんなも、近所の子供たちもみんなきれいな顔だった。みんなどの子も愛らしい笑顔だったし、大人の人たちも同じ笑顔だった。
すてきな人たちの暮らすあの村で自分が唄えたことに感謝します?>
(Yちゃん無断転載ごめんね)

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投稿者: otaku 日時: 08:18 | パーマリンク | コメント (0) | トラックバック (0)

かがり火は燃え、星は流れる タイの秋

タイ北部、チェンマイ郊外のプーディン小学校と交流を始めて4年
その間、幾度となく、夜のキャンプファイアの集いに招待いただいていたのですが、なかなかタイミングがあわなかったり、夕方から出かけるのも億劫になったりして不義理を続けていました。

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昨夜、村へホームスティし稲刈りを手伝いに日本から来られている友人の小川さんと日本の学生の皆さんのためにキャンプファイアをしたいので、是非とも出席してほしいとの校長先生からの暖かいお誘いに、今度こそは何としてもと意を決して、スタッフといつも小学校との交流で翻訳、通訳を務めてくれているラチャパット教育大学日本語学科の学生たち総勢11名とマイクロバスで駆けつけました。

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校庭では、すでに先生、父兄、生徒(今回は5年、6年生 24名)がキャンプファイアの焚き木の準備、バーべキューのための下ごしらえ、会場の設営などすでに済ませ、待っていてくださいました。

陽が沈み、月が昇る頃、焚き木に火がつけられ、みんな、ござの上に車座になって地の新鮮な素材のバーべキューをほおばり、僕たちは先生がどこからか持ち込んできたタイウィスキーをグビグビに飲みながら、学生や子供たちの笑い声の中、超ブロークンのタイ語でぎゃぁぎゃぁやっていると酔いが回り、ここが小学校であることを忘れ居酒屋気分になリ、すっかりくつろいでしまっていました。

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中央の組まれたかがり火が高く燃え盛り、子供たちの民族音楽の演奏をバックに、これまたホロ酔い気分の先生が民謡を歌い始めると、みんな輪になって手をくねくねしながらのタイダンスをまるで盆踊りの乗りで始めました。我々日本人も踊りの輪に引きずりこまれ、僕はその昔、ディスコキング(???)といわれた得意のステップをご披露と思ったのですが、酔いのせいか、年齢のせいか、足がもつれ、とんだタコ踊りになってしまい、周りのキャッキャッの嬌声の中、大人からは失笑を買いましたが子供たちには結構大受けのようでした。

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大学生たちは日本語で<踊るポンポコリン>を踊りながら歌い、
(総じてチェンマイの大学生はあまり酒を飲まずいつもコーラだけで大騒ぎ、ちなみに喫煙はほぼゼロ)
フィナーレは同窓の僕と小川さんが母校の校歌を全員の手拍子にあわせてアカペラで高らかに(?)自己満足的に謳いあげました。

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最後は消えかかった残り火を囲み、全員が手をクロスに組んで輪になって体を左右に揺らせながら<蛍の光>を歌ってお開きとなりました。
(タイでこの種のパーティの最後はいつもこの手を組んでの<蛍の光>の儀式のようです)

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宴の後、さえぎるものがない村の澄んだ夜空には月が輝き、満天に降るような大きな星空が広がっていました。
楽しいキャンプファイアに参加できた喜びもさることながら、このゴージャスな星空が見れただけでもわざわざ村まで来た甲斐が充分ありました。

投稿者: otaku 日時: 00:58 | パーマリンク | コメント (0) | トラックバック (0)

主宰者プロフィール

ガチャマンダオーナー

大宅 一裕
(おおたく かずひろ)

1949年
京都生れ(街頭テレビの力道山の空手チョップに街は熱狂していた)

1968年
神戸六甲学院高校卒業 (裸で便所掃除のスパルタ教育)

1969年
上智大学外国語学部入学(キャンパスにはシュプレヒコールが響き、街には藤圭子の歌が流れていた)

1973年
大手百貨店入社(婦人服部に配属も連日返品作業、催事場での呼び込みの毎日)

1982年
百貨店の海外開店のためファッション担当としてシンガポール出向駐在(?1986年)
(仕入れのため世界各国へ出張し、海外とりわけアジアの魅力にズッポリとはまる)

1987年
百貨店退職後、香港にてGardex Internatinal 設立
香港を基点にヨーロッパ、アジアでのファッションビジネスに携わる

2000年
タイ、チェンマイにて会社設立、旅行業、ファッション、雑貨、食品貿易業のかたわらチェンマイ郊外のプーディン小学校との交流、支援を継続中

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