タイの小さな村での小さな国際交流

ハワイ在住 Rさんのハワイ通信 右の<世界からのたより>に掲載しました。

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先週のタイ北部、プーディン村での日本からの若い2人のお嬢さん(HちゃんとYちゃん)のホームステイでの滞在は、2泊3日の短期間ではありましたが、村にも小学校にとってもビッグイベントでもあり、彼女たちにとっても人生の宝となる経験だったようです。


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初日、小学校の講堂では全校生徒80人、先生、父兄からの熱い歓迎を受けました。まずは女生徒による歓迎のタイ舞踊、そしてタイ民族楽器の演奏、そのお返しとしてのHちゃん、Yちゃんふたりの縦笛と合唱での<里の秋><ふるさと>の澄んだ音色と歌声が講堂に響き、生徒たちもうっとりと聴いていました。

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その後の折り紙教室も彼女たちの周りに多くの生徒たちが集まり、かぶとと鶴を教えてあげ、手先の器用なタイの子供たちはすぐに上手に折れるようになり、自分の作品を大事そうに持ち帰りました。

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2人のホームステイ先は小学校6年生のモンメンちゃん(タイ語のニックネームでどろんこ娘の意味、大きくなってきたらちょっとかわいそうな名前)の家、トイレもシャワーも外の小屋の典型的なタイの質素な木造農家、さっそく2人は子供たちに連れられて近所の沼へ水浴びを兼ねた水遊びに、夜は農作業から帰った家族といっしょに床に料理を置いて車座になっての夕食、そして近所の子供たちも集まり、楽器や指さしタイ語の本を差しながらタイ語を教えてもらったり、日本語を教えてあげたりの楽しい国際文化交流のうちに夜はふけて行きました。

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翌日は家族全員でオートバイにリヤカーを曳いてのオープンサイドカーで畑へ行っての稲刈り開始、HちゃんもYちゃんも日本で農業経験があり、農作業はお手のもの、ただし、タイの暑さは日本と勝手が違いかなりの苦行となりましたが、どの国の農民も農作業をいっしょにすると心はひとつになり、現場に神宿る、お互い不思議な一体感が生まれ、みんなすっかり仲良くなっていました。

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夜は小学校で星降る夜空の下、キャンプファイアの宵(前号で既報)

3日目の午前中も農作業を手伝い、昼食は小学校で生徒たちとチェンマイ名物のカレーうどん カオソイの給食をいっしょに食べ、その後、校長先生が校庭で全校生徒を集めてのお別れ会、校長先生の2人の訪問に対しての感謝と惜別のあいさつに続きふたりへ村の名産タイコットンのマフラーと新米がプレゼントされ、ホストファミリーのお母さんトイさんからは、家族になった証の綿のイサンガを結んでもらい、短かったけれどお互いの心に深く残るホームスティを終え、生徒の中には号泣する子もいて、みんな涙のうちに村をあとにしました。(ウルルン滞在記のあの涙の別れのように)

それにしても村の子供たちは、うれしいときは満面の笑みをうかべ、悲しいときには純粋に涙する、本当に素直ないい表情で応えてくれる。


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チェンマイに戻ってからの宿帳にYちゃんの手記には
<モンメンちゃんも家族のみんなも、近所の子供たちもみんなきれいな顔だった。みんなどの子も愛らしい笑顔だったし、大人の人たちも同じ笑顔だった。
すてきな人たちの暮らすあの村で自分が唄えたことに感謝します?>
(Yちゃん無断転載ごめんね)

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世界からの便り

主宰者プロフィール

ガチャマンダオーナー

大宅 一裕
(おおたく かずひろ)

1949年
京都生れ(街頭テレビの力道山の空手チョップに街は熱狂していた)

1968年
神戸六甲学院高校卒業 (裸で便所掃除のスパルタ教育)

1969年
上智大学外国語学部入学(キャンパスにはシュプレヒコールが響き、街には藤圭子の歌が流れていた)

1973年
大手百貨店入社(婦人服部に配属も連日返品作業、催事場での呼び込みの毎日)

1982年
百貨店の海外開店のためファッション担当としてシンガポール出向駐在(~1986年)
(仕入れのため世界各国へ出張し、海外とりわけアジアの魅力にズッポリとはまる)

1987年
百貨店退職後、香港にてGardex Internatinal 設立
香港を基点にヨーロッパ、アジアでのファッションビジネスに携わる

2000年
タイ、チェンマイにて会社設立、旅行業、ファッション、雑貨、食品貿易業のかたわらチェンマイ郊外のプーディン小学校との交流、支援を継続中