香港島は二つの顔を持っています。
喧騒と猥雑の中で金融と経済がめまぐるしく躍動し続けるビクトリア ハーバーに面した島北部と白砂の海岸と地中海風の超高級住宅、高層コンドミニアムが林立する東シナ海に面した静寂の島南部。
島の中心セントラルのエクスチェンジ スクエアから2階建ての快速260番
赤柱(スタンレー)行きのバスに乗り込み島を縦断するアバディーントンネルを抜け海岸沿いに曲がりくねった狭い道をジェットコースターのように突っ走ると
40分ほどでスタンレー(赤柱)に到着します。
半島に位置したこの一帯は、古くからヨーロッパ人に愛された地域
昔ながらの雑貨からファッション,みやげ物、画廊など小さな店は今も多くの観光客で賑わいそこを抜けた海沿いに並ぶサンタモニカ風(?)のカフェやレストラン、バーの一帯は次々と新しい店が店開きしています。
かって香港に住んでいたテレサテンもこのスタンレーを愛し、彼女が頻繁に利用したシーフードレストランでは今は店の名は変わってしまったけれど、昔の面影を残した趣ある建て物は今も健在です。
海沿いを300mほど行くと、マレーハウスと呼ばれるコロニアル風の石作りの洋館が見えてきます。1846年にイギリス将校の住居としてセントラルに建てられていた香港最古の歴史的建造物を保存されていた4000個あまりの当時のままの花崗岩ブロックを使用して2001年場所移し、ここスタンレーに復元されたとのこと。1階は港町香港を往来した先達の夢と浪漫の歴史を感じさせる物品が展示してある香港海事博物館、2階は多国籍レストランがあり、新たな観光スポットとなっています。
夕闇せまるころ海岸沿いのバーで潮風を受けながら冷えたビールを飲んでいると、時がプレイバックしたようなコロニアル香港を体験できます。
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大宅 一裕
(おおたく かずひろ)
1949年
京都生れ(街頭テレビの力道山の空手チョップに街は熱狂していた)
1968年
神戸六甲学院高校卒業 (裸で便所掃除のスパルタ教育)
1969年
上智大学外国語学部入学(キャンパスにはシュプレヒコールが響き、街には藤圭子の歌が流れていた)
1973年
大手百貨店入社(婦人服部に配属も連日返品作業、催事場での呼び込みの毎日)
1982年
百貨店の海外開店のためファッション担当としてシンガポール出向駐在(?1986年)
(仕入れのため世界各国へ出張し、海外とりわけアジアの魅力にズッポリとはまる)
1987年
百貨店退職後、香港にてGardex Internatinal 設立
香港を基点にヨーロッパ、アジアでのファッションビジネスに携わる
2000年
タイ、チェンマイにて会社設立、旅行業、ファッション、雑貨、食品貿易業のかたわらチェンマイ郊外のプーディン小学校との交流、支援を継続中