五色塾主宰者 小川誠さんのチェンマイ旅行記ご紹介します。
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今年は我々3人と大宅さんとスタッフのウィラポンさんと5人でランバンにある象病院を訪ねました。前回行ったときに、モタラはもう象病院の生活にすっかり慣れているのがわかったので、そんなに心配していませんでした。むしろ、去年運び込まれて、地雷に飛ばされた足がまだ生々しく肥大していて、思うように歩けずにいらだっていた3歳象のモトーのことが気がかりでした。そして、そのお姉さんで7歳のモジャイのことも気になっていました。
元気なモタラの様子を見てから、モトーとモジャイのいた所へ行ってみると、そこにはどちらの象もいませんでした。ところが、まだ見るからに赤ちゃんの象が、右前足首を吹き飛ばされた赤ちゃん象が目に飛び込んできました。その象は鼻を揺らしながら、3本の足を上手に使ってちゃんと歩いているのです。そのそばには大きな象が一頭いて、見るとちゃんと4本足で立っていて、どこも悪くないようです。
<これは一体どういうことなんだろう>
その場にいた係りの若者にウィラポンさんが聞いてみると、その小象はモーチャという名前で、やはりミャンマーの国境で木材を運ぶ作業をしていたお母さん象についていたときに、地雷を踏んでしまって、象病院まで運び込まれてきたのだそうです。そのとき、モーチャは生まれてたったの5ヶ月だったそうです。象は人間と同じくらい長生きで60歳ぐらいまで生きるそうですから、5ヶ月の赤ちゃんの片足首が地雷で飛ばされたと想像してみてください。その苦痛は想像を絶するものがあったろうと思われます。そして、そもそも今は正常な精神状態なのか、仮にそうだとしても、今後も精神的なトラウマでおかしくなることはないのかどうかなどなど、様々な心配が次から次へと湧いて出てきました。
少し話しかけると、その係員は食料倉庫の方へ走って行って、わざわざバナナの束を取って来て、モーチャを我々のいるほうへおびき寄せてくれたのです。モーチャはそれに気づくと、3本しかない足を上手に使いながら、見る見る間に我々のところまでやってきました。そして、軽々とその吹き飛ばされた側の足を柵に乗せて、バナナをせがむのでした。
右前足首が吹き飛ばされたが、患部はかなりきれいに新しい皮で覆われている。後方に母親の象。
その元気なしぐさの愛らしいことといったらありません。我々が体をさすっても逃げようともしません。見た目にはもうあの日のことはすっかり忘れてしまっているかのようです。係員の話では、その傷口がすっかり皮で覆われたら、お母さん象と一緒に持ち主のほうに返されることになっているそうです。
それにしても、去年見たモトーの様子とはずいぶん違います。もしかしたら、この赤ちゃん象は3本足でちゃんと暮らしていけるようになってしまうのだろうかと期待したくなりました。それでも、やはり木材を運んだりして仕事をすることまでは無理でしょう。持ち主はモーチャを養っていけるのでしょうか。自然が豊かだから食べ物ぐらいは大丈夫なのでしょうか。同じ疑問は、数ヶ月前に持ち主の所へ引き取られたと言うモトーとモジャイにも当てはまります。生きていて良かったのは確かです。安心しました。でも、果たして生き続けることはできるのでしょうか。今回再び訪れてみて、このような悲劇は何度も繰り返されて、終わらないだろうと感じられました。私たちが「かわいそうに」とだけ言って、何も行動しないでいるかぎり。 (続く)
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大宅 一裕
(おおたく かずひろ)
1949年
京都生れ(街頭テレビの力道山の空手チョップに街は熱狂していた)
1968年
神戸六甲学院高校卒業 (裸で便所掃除のスパルタ教育)
1969年
上智大学外国語学部入学(キャンパスにはシュプレヒコールが響き、街には藤圭子の歌が流れていた)
1973年
大手百貨店入社(婦人服部に配属も連日返品作業、催事場での呼び込みの毎日)
1982年
百貨店の海外開店のためファッション担当としてシンガポール出向駐在(?1986年)
(仕入れのため世界各国へ出張し、海外とりわけアジアの魅力にズッポリとはまる)
1987年
百貨店退職後、香港にてGardex Internatinal 設立
香港を基点にヨーロッパ、アジアでのファッションビジネスに携わる
2000年
タイ、チェンマイにて会社設立、旅行業、ファッション、雑貨、食品貿易業のかたわらチェンマイ郊外のプーディン小学校との交流、支援を継続中