
今回の日本出張のメインの目的であったビッグサイトでの4日間の宝飾展を無事終え、心身ともにほっとしているところです。
チェンマイ郊外プーディン村の工房で制作した天然石とシルバーのアクセサリーのセールスマンとして今回初めて東京での展示会への出展までこぎつけました、知人、友人の皆様+家族総動員の協力お陰で昨年の神戸につぎ、東京でもまた多くのバイヤーとめぐりあうことができました。
日本最大の宝飾展だけあって国内外から多くのバイヤーの来場があり、連日(僕に余りなじみのない)長澤まさみ、速水もこみち、幸田来未等など数多くのタレントも動員してのイベントもあり、さすが花の東京のビッグショー、アジアの田舎物にはまばゆいばかりで、久々にネクタイをしめての立ちっぱなしで腰も足パンパンになりながらも30年前のデパートマン時代の初心を思い出し、リフレッシュした気持ちでの毎日でした。
村のおばちゃんたちが丹念に手作りしたアクセサリーは多くのバイヤーから高い評価をうけることができこれを機会に日本での市場を拡大しアクセサリー生産を通じての村おこしのプロジェクトを一歩ずつ推進できそうです。
今回の日本滞在は個人的な事情もあり、寒い日本で異例の長逗留となり風邪気味のままずっとやってきましたが
やっと明日、旧正月前、喧騒の暖かい香港へ帰国できます。
今回の日本出張中、お世話いただいた皆様、展示会にご来場いただきました皆様にはこの場を借りて、あらためて厚く御礼申し上げます。お陰様で心に残る日本滞在となりました。
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大宅 一裕
(おおたく かずひろ)
1949年
京都生れ(街頭テレビの力道山の空手チョップに街は熱狂していた)
1968年
神戸六甲学院高校卒業 (裸で便所掃除のスパルタ教育)
1969年
上智大学外国語学部入学(キャンパスにはシュプレヒコールが響き、街には藤圭子の歌が流れていた)
1973年
大手百貨店入社(婦人服部に配属も連日返品作業、催事場での呼び込みの毎日)
1982年
百貨店の海外開店のためファッション担当としてシンガポール出向駐在(~1986年)
(仕入れのため世界各国へ出張し、海外とりわけアジアの魅力にズッポリとはまる)
1987年
百貨店退職後、香港にてGardex Internatinal 設立
香港を基点にヨーロッパ、アジアでのファッションビジネスに携わる
2000年
タイ、チェンマイにて会社設立、旅行業、ファッション、雑貨、食品貿易業のかたわらチェンマイ郊外のプーディン小学校との交流、支援を継続中