暁の家

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チェンマイから北へ90km、ブーゲンビリア咲く国道118号線を突っ走り、 山間を縫うように車で2時間、ウィンパパオの町の脇道沿いに、中野穂積さんが 運営されている少数山岳民族の教育支援の寮<バンルンアルン 暁の家> を友人たち(長谷川泰正桂隆俊、 倉林啓士郎,敬称略) と訪問して、中野さんの活動についてお話しをうかがいしました。
   
少々長く、複雑になりますがことのきっかけは、1月の帰国時、友人安井陽一さんの紹介でお会いした彼の義理の叔父さんであり、りゅう木庵店主の野田喜男さん(82)のグループの方々との大阪NPOセンターでの会合に始まります。
野田さんは大阪営林局OBを中心としたメンバーの方たちと2001年から<暁グリーンクラブ>を結成され、その後 <NPOみどり大阪>とNPOシニア自然大学と共同で毎年タイ北部の山岳地帯を訪問し、現地の小学校、村での地球環境の指導、文化交流などをしながら生徒、村民といっしょにすでに数千本の植林活動をされています。
その活動の現地でのベースとなりコーディネイトされているのが中野穂積さんの暁の家です。
今年6月のグループの訪問を前にチェンマイに半居住の僕に時間があれば一度中野さんを訪ねて面談してはとのお勧めに 、すばらしい方のお目にかかれるのならばどこへでもと大喜びでの今回の暁の家への訪問でした、

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中野穂積(なかの ほずみ)さん
三重県紀伊長島町出身、1979年青山学院文学部卒
東京でのOL生活のかたわらタイ留学生との出会いからタイ北部の山岳民族に興味を持ち
1984年3月初めてタイ訪問し、山岳民族の村を訪ね心にビビっと感じるものがある。

タイ北部の亜熱帯林に住身、自給自足の生活をしていた山岳民族は経済的にも教育面でも恵まれていませんでした。
特に村では中学がなく進学するには親元を離れ寄宿生活をせねばならず、また文化、慣習、言語の違った 環境で生活するには経済的にも精神的にも生徒たちには多くの負担がかかっているの実情がありました。
  何とか中学校に近いところに寄宿舎を建て、少数民族の子供たちに高等教育の機会をあたえたいとの中野さんの願いが芽生えました。

85年7月 退社しタイでのロングステイ開始、
87年5月9日 中学校に近いティンドーイ村に生徒のリス族の父兄たちとかやぶきのリス族寄宿舎を建てる。
94年   寮生、卒業生、その他山岳民族の生徒、学生を対象としたルアンアルン奨学金制度を発足する
95年~ 現在のウィンパパオに3000坪の土地を確保し中野さんの設計でコンクリートとレンガで瀟洒な寮、図書館、作業場、食堂、事務所、ゲストハウスを村の大工さんたちと建て(その何棟は野田さんのような日本の篤志家からの寄付によるものです) その周囲に運動場、畑、家畜小屋を設営する。

今も40名の山岳民族の生徒たちは寮から近くの中学、高校へ通学するかたわら、寮では炊事、掃除、農作業、家畜の世話などを 1週間単位で担当を交代しながら班を編成して担当しています。
20年の間に大学に進学した卒業生も多く、今ではタイの国内のみならず広く世界で活躍中とのこと、今年も高校3年生7名も すべて大学進学を希望しているとのことです。


暁の家をご案内いたきながら、淡々と説明される中野さんはお一人でタイの奥地で人生を捧げ、20年間、プロジェクトを立ち上げ 運営されているという変な気負いはなく、反対に静かな自然体の話し方の中に地上の星のオーラーを感じました。

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別れ際、「中野さんが今一番必要なものは?」とお聞きしたところ
「この地に来て、じっくりと生徒たちを教えてくれる人材」とのこと
「一番のご心配は?」
「故郷 三重に残した老いた母です」
僕も遂には両親の死に目には会えず仕舞い、これは同じ海外在住者のどうしようもない宿命でしょうが・・お気持ち痛いほど判ります。

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寮の裏で見事に開花していた10年前に苗木から植樹し、南国の暑さにも耐え残った1本の山桜に 中野穂積さんの日本タイ友好に捧げられている人生の結晶を見た思いで、いつまでも手を振ってくださっていた中野さんと きょとんと我々を見続けていた猫のお見送りを受けて日本人の誇り抱いて暁の家を後にしました。

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しかしタイ(シャム)にはどうしてシャム猫はいないのでしょうか? ねぇ そこの猫ちゃんよ 教えてョ・・?
   

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世界からの便り

主宰者プロフィール

ガチャマンダオーナー

大宅 一裕
(おおたく かずひろ)

1949年
京都生れ(街頭テレビの力道山の空手チョップに街は熱狂していた)

1968年
神戸六甲学院高校卒業 (裸で便所掃除のスパルタ教育)

1969年
上智大学外国語学部入学(キャンパスにはシュプレヒコールが響き、街には藤圭子の歌が流れていた)

1973年
大手百貨店入社(婦人服部に配属も連日返品作業、催事場での呼び込みの毎日)

1982年
百貨店の海外開店のためファッション担当としてシンガポール出向駐在(~1986年)
(仕入れのため世界各国へ出張し、海外とりわけアジアの魅力にズッポリとはまる)

1987年
百貨店退職後、香港にてGardex Internatinal 設立
香港を基点にヨーロッパ、アジアでのファッションビジネスに携わる

2000年
タイ、チェンマイにて会社設立、旅行業、ファッション、雑貨、食品貿易業のかたわらチェンマイ郊外のプーディン小学校との交流、支援を継続中