
4月11日ー17日ソンクラン(水ぶっかけ祭り)期間の交通事故(主に酔っ払い運転による)の死者は361人(昨年375人)負傷者は4805人(昨年4726人)
と死傷者がでるのが当然のように発表され今年も命がけの祭りも終え、バンコクはいつものむせ返るような暑さと喧騒の街に戻っています。
その体感気温40度もあろうかという暑さの中、我々外国人は外に出ただけで汗が吹き出てくるというのに、タイ人は汗もかかずに平然としているのも不思議なことですが・・
タイのシンクタンクKRCの発表によればタイ国内には現在約660店の日本料理店があり(海外ではアメリカ、中国、韓国、台湾に次ぐ軒数)前年比10~15%の売り上げの伸びを記録しているとか・・・
特に日本人居住区のスクンビット通り一帯とか、大型ショッピングセンターには数多くの日本レストランがあり、日本人のみならずタイ人でいつも賑わっています。
今までは現地滞在の日本人、タイ人経営の店がほとんどでしたが、最近は日本のレストランチェーンも進出し、大戸屋は進出2年にしてすでに11店舗、僕は日本の大戸屋を知りませんでしたが、大戸屋ファンの家人に言わせればメニュー、味は日本と同じ、価格は7掛け、スペースは広く、従業員は多く、サービスもよく、食材も日本以上に美味しいものもありと大好評で益々多店舗化する様相です。
また最近初上陸のモスバーガーも早くも行列ができ、すでに現地で根付いているアメリカ資本のファーストフードとの熾烈な商戦が予想されます。
今一番の話題の日本食店は現地資本<おいしい>の経営する<SHABU SHI>まさにしゃぶしゃぶと寿司のフュージョン店、従来の回転寿司のベルトに寿司としゃぶしゃぶの食材が皿に乗って流れ、各テーブルにはしゃぶしゃぶの鍋が埋め込まれていて、客はしゃぶしゃぶと寿司をいっしょに楽しめるという日本人では思いつかないアイデアがあたり、いつもタイ人客で超満員です。
その昔、タイの日本食といえば米はタイ米で独特の香りが残り、調味料も限定されていてお世辞にも美味しいといえるものではありませんでしたが、昨今、タイ国内で日本米も調味料も日本野菜も生産されるようになり、新鮮な寒流魚貝類を望まなければ日本よりも安く広い座席でゆっくりと、行き届いたタイ人のサービスを受けながら日本食を楽しめるようになってきました。
益々日本食ブームが多様化し過熱していくタイでは日本人にとってゴルフ、マッサージに次いで日本食でもパラダイスになりつつあります。
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大宅 一裕
(おおたく かずひろ)
1949年
京都生れ(街頭テレビの力道山の空手チョップに街は熱狂していた)
1968年
神戸六甲学院高校卒業 (裸で便所掃除のスパルタ教育)
1969年
上智大学外国語学部入学(キャンパスにはシュプレヒコールが響き、街には藤圭子の歌が流れていた)
1973年
大手百貨店入社(婦人服部に配属も連日返品作業、催事場での呼び込みの毎日)
1982年
百貨店の海外開店のためファッション担当としてシンガポール出向駐在(~1986年)
(仕入れのため世界各国へ出張し、海外とりわけアジアの魅力にズッポリとはまる)
1987年
百貨店退職後、香港にてGardex Internatinal 設立
香港を基点にヨーロッパ、アジアでのファッションビジネスに携わる
2000年
タイ、チェンマイにて会社設立、旅行業、ファッション、雑貨、食品貿易業のかたわらチェンマイ郊外のプーディン小学校との交流、支援を継続中