感動的出産記

神奈川県で不登校の子供たちを集めて不耕農法で農業をしている友人のOさんは毎年11月チェンマイ郊外にプーディン村へ稲刈りの手伝いに来てくれています、昨年も長女のYちゃんとスタッフのHちゃんも伴って村でのホームステイを兼ねて手伝いに来てくれました。(詳しくはBLOG 12月3日号をご参照)Yちゃんがそのときすでに妊娠していたとは、その後知ることになり、皆ビックリ、今朝、OさんよりYちゃん無事出産を知らせる感動的な出産記が届きましたので転記させていただきます。

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大家族の新しい仲間はゼロ歳!   

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人生は不連続。これは私が今まで生きてきて痛感していることのひとつです。自分自身の人生がまさに不連続線で今日まで来ているし、世の中を見ていてもそう感じることが非常に多いです。世間では人生は連続していると思っています。連続=安定と考えています。だから、連続線が切れそうになったり、切れてしまったりすると、多くの人はどうしていいか分からなくなってしまいます。でも、事実はむしろ不連続のことのほうが多く、だから不連続を前提にして生きていけば、結構困難に出くわしても何とかなってしまうものです。
 さて、小川家の今回の不連続線は19歳の長女Yの足元に引かれました。昨年8月、気が付いたらどうも妊娠しているらしいということになって、それから急にどたばたして、Y自身も一時期は揺れに揺れましたが、次第に『産んで育てる』という気持ちになって新年を迎えました。最近は横文字で格好いい言い方がありますね。シングルマザーというやつです。私は妊娠の時以来娘の心境の大きな揺れと揺れ戻しを間近に見て、その変化を見てきて、むしろ自分の妻のときよりも一人の女性が母親になっていく過程がよく分かりました。つまり望まなかった妊娠の思いを乗り越えて、わが子への愛を育むようになっていく過程で起こった心の成熟していく姿を見ていて、親として複雑な思いではあるものの、これは必要があって起こっていることなのだろうと思えるようになりました。
とにかく、我が家族は総力でYを支えることですっと心が一つになりました。そうして迎えた出産の日はおじいちゃんになる私にとっても大変感動的な、記念すべき日になりました。
今回の出産立会いは6回目で、毎回それぞれ思い入れがあるのですが、事が事だけに、今回は私も半分父親のような気持ちで立ち会いました。
全く想像だにしていなかったのですが、赤ちゃんは次女Mと三女Sと私のにわかコーラス隊の歌を聞きながら誕生しました。陣痛の強い時は壁に貼ってある赤い鳥の『翼をください』から「こ・の・お・お・ぞ・ら・へーつ・ば・さー ひ・ろ・げー、飛・ん・でー
ゆきたーいよーーー。か・な・し・み・の、な・い、 
じ・ゆ・う・な そら・へー、 つ・ば・さー は・た・めーかーせーーー、行きたいーーー。」を繰り返すんです。これは熟練した助産婦さんの指定。妊婦の思いと力の加え方にぴたりあう曲なのでしょうか。助産婦さんも一緒に歌い、絶妙な言葉がけでYを安心させ、自然な出産へと導きます。力まないように、でも、力を込めて由里恵も歌いました。何十回歌ったか分からないくらいたくさん歌いました。陣痛のないときは静かに「今―私のーねがーいごとがーか・な・う・なーら・ばー、つ・ば・さ・がーほ・しーいー。」と全曲を歌います。他の曲や、Yの好きな曲も歌いました。そして、最終コーナーを回って、もう赤ちゃんが出てくるに任せるまでに至ったときは、私の思いつきでユーミンの『春よ来い』。助産婦さんの指示で「は・る・よー、まだ見ぬ は・る。まぶたー閉じればそこにー、愛をーくれし君の、懐かーしき 声がするーー」をこれまた何十回繰り返したでしょうか。そうしたら、とうとう愛をくれし君がすーっと出てきましたよ。水中出産で。そして、「うぎゃー」と懐かしき声で泣きました!
<ああ、初めての出会いじゃなかったんだなあ>かつてどこかで出会い、そしてまたここで再び見えたんですね。何回も何回も頭を出しては引っ込めて、最後は赤ちゃんがお母さんと呼吸があったときに自分から出てくるんだということがよく分かりました。自然分娩という言葉の意味が実感として分かりました。その子の体重は3050g。初めからぐいぐいおっぱいを吸う逞しい子です。
「Yちゃん、おめでとう!Yちゃん、おめでとう!」 「わー、ちいさーい。かわいーい。」

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MやSも大感激して、大興奮。深夜2時だというのに帰りたがりません。もちろん妻も5人の子を産んだ経験者として終始そばに付き添い、その新しい命の誕生に大感激。 私は慎重派。目が二つ、耳が二つ、口が一つと、体の各部分がまともであることを点検して、五体満足な赤ちゃんが生まれたことを確認してから、喜びの声をあげました。
出産から6日後、Yは新しい小さな小さな仲間を連れて母子共に元気な姿で家に帰ってきました。みんなから溢れんばかりに一杯の祝福を受けて、みんな同じ思いになりました。
産んでよかった! 生まれてよかった!

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世界からの便り

主宰者プロフィール

ガチャマンダオーナー

大宅 一裕
(おおたく かずひろ)

1949年
京都生れ(街頭テレビの力道山の空手チョップに街は熱狂していた)

1968年
神戸六甲学院高校卒業 (裸で便所掃除のスパルタ教育)

1969年
上智大学外国語学部入学(キャンパスにはシュプレヒコールが響き、街には藤圭子の歌が流れていた)

1973年
大手百貨店入社(婦人服部に配属も連日返品作業、催事場での呼び込みの毎日)

1982年
百貨店の海外開店のためファッション担当としてシンガポール出向駐在(~1986年)
(仕入れのため世界各国へ出張し、海外とりわけアジアの魅力にズッポリとはまる)

1987年
百貨店退職後、香港にてGardex Internatinal 設立
香港を基点にヨーロッパ、アジアでのファッションビジネスに携わる

2000年
タイ、チェンマイにて会社設立、旅行業、ファッション、雑貨、食品貿易業のかたわらチェンマイ郊外のプーディン小学校との交流、支援を継続中