善人はなぜまわりの人を不幸にするのか

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前首相タクシンの亡霊の怯えるように政情不安定なタイにいます
タクシン前首相一族が経営する不動産会社SCアセットに関する
証券取引法違反容疑で、法務省特別捜査局が同氏夫妻に対し、
6月29日までに出頭するよう命令を出しています。

もし、タクシンが9ヶ月ぶりに母国タイに帰国した場合、あのマルコス独裁に抗議してマニラに帰国したとたん空港で銃殺されたフィリピンのアキノの二の舞になるのではとのもっぱらのうわさ。

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昼下がりの酷暑のチェンマイ、団扇片手に汗拭きながら曽野綾子のドキッとするようなタイトル<善人はなぜまわりの人を不幸にするのか>をいろいろな思いをめぐらしながら読んでいました。

ちなみに僕は間違っても<善人>ではありませんので・・念のため

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日本には(欧米か!)へは何度も旅行するが、アジア、アフリカへは 暑いから、汚いから病気が蔓延しているから、政情が悪いから、食べ物があわないから、などなどあらゆる理由をあげつらい足を踏み入れたがらない人が多くいます。
しかし、きれいで安全な国は世界でもごくごく一握りであり、気候、風土、衛生、安全に問題ある国が世界のほとんどを占めそれが世界の現状でもあります。
それらの国や人々の生活の地肌を体験してこそ、人生の原体験ができ、感動があるような気がします。

曽野綾子さんの言葉を借りれば<人生の面白さは、そのために払った犠牲と危険と、かなり正確に比例している。冒険しないで面白い人生はない。>

日本ではすでに死語になり差別用語となっているとかの乞食もアジア、アフリカの街にはあふれています。特にあどけない多くの子供が物乞いしています。

しかし薄っぺらい同情や善意のつもりでのほどこしは彼等の労働意欲を削ぎ、乞食生活から救うことはできません。

ぐったとした赤ん坊を背負った5-6歳のベトナム、ホーチミンの靴磨きの少年に、君には重過ぎて大変だねと、何気なくかけた言葉に
「重荷ではありません、僕の妹ですから・・・」ぽつりと言われた一言に、ドキッとし、人は愛があれば重荷も喜びにも昇華できることをこの小さな苦労人から学びます。

老人介護の問題を話し合いの中でのアフリカ スーダンから来たカトリックのシスターの言葉、
<わが国では老人介護の問題はありません・・・>
<???>
<わが国の平均寿命は45歳ですから>

そしてその生き地獄のようなスーダンへ派遣されている日本人シスターの言葉
<私は勇気があるからここに来ているのではありません、ただここから逃げ出しても多分幸せになれないと思いますから・・・>

そんなこと、あんなことにそうだそうだと合槌をうったり、ヘェーと納得したり、感動したりで、あっという間に読み終えました。

僕の知らない世界が地球上にはまだまだあり過ぎ、旅心をくすぐり続けます。

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静かな南風の吹きわたるチェンマイの山並みにあざやかな夕陽が沈んでいきました。

投稿者: otaku 日時: 09:02 | パーマリンク | コメント (0) | トラックバック (0)

東京通勤事情

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梅雨入りの紫陽花咲き零れる6月の東京でつかの間,滞在しています。
帰国便、香港ー成田間のANAの機内で観たインフライトムービーは<それでもボクはやってない>機内誌によれば

『Shall We ダンス?』の周防正行監督が、11年ぶりにメガホンを取った本格的な社会派ドラマ。
満員電車で痴漢に間違えられた青年が、“裁判”で自分の無実を訴えながらも有罪となってしまうという日本の裁判制度の問題点を浮き彫りにした作品

こんな不条理なことが現実にあるのかなと水割りをぐびぐびやりながら観ていました。

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過日家人と新宿から乗った小田急線、折りしも夕方のラッシュアワーと重なり、久々に経験するスシ詰め満員電車、
携帯か何かをバッグから取り出そうとごそごそやっている家人に、ワンレンのOLが振り向きざまに
「さっきから手があたるんですけど!」とはきすてるような思いもよらぬセリフに家人も仰天・・・

思わず映画のシーンを思い出してしましまうような光景、これがもし、僕が真後ろにいて痴漢呼ばわりされたら思うとぞっとしました。

発展途上国で1日に数本しか電車が通らないアフリカやアジアの国ならともかく、世界の経済大国日本で首都圏のこのスシ詰めのラッシュアワーの
状況はどう見ても異常。律儀にも3分おきにキチンと次から次へやってくるい電車に後ろから押されながらギュウギュウに詰め込まれての出勤は家畜並(?)

こんな中で、期せずして廻りの女性のどこかお気に召さぬ個所に接触したからといって痴漢よばわりされてはいい迷惑、

疑われぬように両手を挙げて乗ったらといわれても数分間ならともかく拷問のようにいつまでも万歳ポーズをやり通せるものではないでしょ。

かって香港から日本へ出張で連れて帰った香港人の女性スタッフはこのラッシュの状況に驚愕しどうしても乗車を拒否し、やむなくタクシーで移動したこともありました。

友人のN氏は娘さんと一緒に乗った満員電車内での内輪話しの最中、何気なく肩においた手に愛娘から「さわらないでよ!」と一喝され、周囲からの刺すような視線に背筋が凍りついたとか・・・・これってかよわいお父たちへの逆セクハラと違いますか・・?

こんなおぞましい状況をハイヤー通勤のエライ役人や政治家に判るわけもなく、団塊の世代が定年で通勤しなくなる自然減によるラッシュ緩和を待たねばならないのでしょうか?

このラッシュ通勤のお陰で日本人は足腰が鍛えられ平均寿命が延びたなどというトンチンカンな説もありますが、

アジアでの職住接近の生活に慣れきってしまった身には、帰国時に経験する首都圏でのラッシュアワーの乗車は、いつ人生を踏み外す冤罪に巻きこまれないとも限らず、この上なくスリリングで体力消耗する苦行の他の何物でもありません。

電車内での2度目の冤罪(?)と闘っているミラーマン 植草一秀先生は今はいかにおわしますのでしょうか?

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投稿者: otaku 日時: 21:15 | パーマリンク | コメント (0) | トラックバック (0)

雨の香港より

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連日 雨のち豪雨時々雷雨、晴れ間のない香港です。
オフィスから見るビクトリア海峡もうすらぼんやり煙っています。
バリ島で200%充電し香港に舞い戻り早朝から香港モードのフル稼働でPCに向い夜は友人たちと久々の情報交換を口実に夜の街へ連夜の沈没で放電しています。

ノートブックと携帯電話のお陰で、数週間香港を留守にしても以前のように
帰ったら仕事が山積みということはなくなりました。(以前は1週間の海外出張が限度でしたが)ほとんどの連絡、確認、決済(といってもそんなたいそうなものはりませんが)はインターネットでどこ国へいても(バリ島のビーチで昼寝していても、チェンマイでゴルフしていても)即座に行うことができるようになり、本当に有難い世の中になりました。まさにIT様々です。
今のところ小切手や書類へサインのみが香港でなくてはできない業務ですが、そのうち電子認証が普及すると益々回遊生活に拍車がかかりそうです。

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日本からのニュースは連日、不穏、不都合、不適切なニュースばかり、特に日本社会、マスコミのベンチャーの起業オーナー叩きは日本独特の風土のようですね。古くはリクルートの江副(敬称略),昨年は村上、ほりえもん、そして最近はGWGの折口、昨日はNOVAの猿橋 

連日マスコミ、ワイドショー、の恰好の餌食となっているようですね。
あえて誤解を恐れずにいえば、彼等の日本での罪状は香港ではさして話題にならないほどの軽微なもの。チョット前までは時代の寵児のように持ち上げておいて、今となってはあれほど完膚なきまでに叩きまくる日本風土は香港の起業家たちにとっても大いなる疑問。
あれでは有能なベンチャー起業家はびびりまくるのではと・・・香港巷のうわさ

もともとは中国からの難民が一文無しから身を起こし違法と合法のボーダーを突っ走りながら財を築いてきたのが香港華商経済界。今はなき有名な財閥のオーナーも、もとはといえば着の身着のままで中国から香港にたどりつき戦後のどさくさに小麦粉をペニシリンだと称して稼ぎまくり一大財閥を築き上げたことは周知の事実、マカオのカジノ王、スタンレイ ホーも黒社会と経済界の清濁両界に君臨する大君

今となっては世間はその負の過去にはあえて触れず、築き上げた財とその社会貢献に評価を与えています。

この香港ドリームの一攫千金を夢見る起業社会で這い上がってきた男たちは誰しも少なからず叩けば埃がでる過去を背負っているのでは・・
またそれを大目に見る中国人独特の社会の風潮に保護されているのでは・・・
それを知ってか知らずか、村上もホリエモンも香港でのファイナンス活動を始めていたのでは・・(それが発覚して日本ではまたまた火に油を注ぐような事態になったとか)

かくいう我が社はこのなんでもありの香港で、持って生まれた生真面目な性格(???)ゆえ、ひたすら清廉潔白の経営手法(???)をかたくなに続けてるので20年たってもいまだ泣かず飛ばずのままでいるのですが・・・

何かご異論ございますか・・・?

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投稿者: otaku 日時: 13:39 | パーマリンク | コメント (0) | トラックバック (0)

バリ島の神々

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インド洋からの潮風が心地よいバリ島に来ています。
ホテルのプールサイドカフェで朝から一日中ぼけ~っと珊瑚礁の彼方にはじける白い波頭の潮騒を聞きながら読みたかったサスペンスをまどろみ、まどろみ読んでいると、ちびちび飲んでいたフローズンマルガリータが効いてきて脳も体もぐにゃぐにゃにとけて、都会の喧騒と猥雑から逃れたこの至福の空間に沈没し、いつしか眠りの世界を漂っています。

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夢うつつで気がつけば、どこからかガムランの音、振り向けば少女たちのバリダンスの練習、子供なのにその流し眼が妙に色っぽい
なんとものどかで幻想的な時が流れていきます。

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もう10年以上も前、今は亡き母親を心臓の大手術の後、たってのリクエストに応えて連れてきたのが神々の棲むこのバリ島、この島の叡氣の中で老母はすっかり健康を取り戻し、ハイになり、一人ホテルから街角に出て、趣味のカメラを片手にシャッターを押し続けていました。

最近、整理した母の残したアルバムから見つけたあのときのバリ島でのスナップが数十枚、熱帯の花々に交じって多くのバリの神様や動物の石像。こんな写真を撮っていたんだとあらためて母親にとっては最後の海外旅行となったあの日のことをしんみりと回想してしまっていました。

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今回初めてバリ島へ同行した家人もすっかりこの島に魅せられたようにハイテンション、行く先々でデジカメ撮影、ホテルに戻り、何気なく撮影した画像をのぞいてみると、絵葉書のような花々、海、熱帯雨林、棚田のショットにまじってこれまたどこかで見た多くの石像ショットこれもまたバリの神々の何かのお導きかと・・・

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今回バリ島へ親友K君が随伴したのは彼の大学時代からの友人のH氏、スポーツマンで世界を駆け巡っていた商社マンのH氏の身に昨年末突然襲った難病、何でも小脳のアルツハイマーとかで、日々歩行、思考困難になっていき現代医学でも治療方法はなく、昨年H氏は藁にもすがる思いでチベットの医者にまで行ったが効果なし、
以前夫妻で来られたバリ島のウブドの氣に再び浸り癒されたいとの一念での今回のバリ訪問でしたが、すでに杖があっても一人では歩行できない状態、飛行機の乗降は車椅子、
先日、何とか山奥の以前泊まったウブドの想い出のビラにチェックインされたとの携帯連絡あり・・ウブドの神々の超念力による癒しの奇跡をお祈りしつつ一足お先にバリを発ちます。

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投稿者: otaku 日時: 14:12 | パーマリンク | コメント (0) | トラックバック (0)
2007年06月27日更新! 世界からの便り

主宰者プロフィール

ガチャマンダオーナー

大宅 一裕
(おおたく かずひろ)

1949年
京都生れ(街頭テレビの力道山の空手チョップに街は熱狂していた)

1968年
神戸六甲学院高校卒業 (裸で便所掃除のスパルタ教育)

1969年
上智大学外国語学部入学(キャンパスにはシュプレヒコールが響き、街には藤圭子の歌が流れていた)

1973年
大手百貨店入社(婦人服部に配属も連日返品作業、催事場での呼び込みの毎日)

1982年
百貨店の海外開店のためファッション担当としてシンガポール出向駐在(~1986年)
(仕入れのため世界各国へ出張し、海外とりわけアジアの魅力にズッポリとはまる)

1987年
百貨店退職後、香港にてGardex Internatinal 設立
香港を基点にヨーロッパ、アジアでのファッションビジネスに携わる

2000年
タイ、チェンマイにて会社設立、旅行業、ファッション、雑貨、食品貿易業のかたわらチェンマイ郊外のプーディン小学校との交流、支援を継続中