中国迷宮商城

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香港に隣接する巨大都市深センはさながら香港の衛星都市(今や香港以上の人口になっていますが)その価格安さ、中国物資の豊富さゆえ、香港人の日帰りツァーコースとなっています。

食事、買い物から歯医者、ゴルフ、観光まで週末の国境は多くの移動客で溢ています。
北京まで通じる鉄道の香港からの始発駅 九龍駅から列車(KCR)で45分国境の駅羅湖(ロウウ)に着きます、
広々とした快適なシートのファーストクラスで料金66香港ドル(約1000円)
これがまた英国式(?)の乗客を信用する伝統のためか検札が来ない。(つまりグリーン券なしでも乗車可??)
スタッフの話ではたまに来る検札でファーストクラスのチケットがないことが見つかったら超 BIG PENALTYとか・・・
この列車内、いくら前が空いているからといって、日本式に靴を脱いで前の席に足を伸ばしていると車掌がきて、そんな行儀の悪いことはヤメロと注意されます、これも英国式(欧米か)?

ロウウ 3.JPG


香港からの出国後、国境の狭い川にかかるブリッジを歩いて渡ると中国の入国管理、、他の中国入管関門と違いここでは香港人、台湾人は別ゲートでごくごく簡略された手続きのため、外国人のゲートも比較的スムーズに通過することができ、入管をでるとそこは人の溢れる中国、
乗客は駅前からタクシー、バス、迎えの車、地下鉄で中国各地へ向い、さながらこの駅は中国へのゲートウエイになっています。

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羅湖の駅に隣接した大型ショッピングセンター羅湖商業城はバスターミナル、商店、クリニック、サウナ、マッサージがところ狭しと入居した何でもありの迷宮ワンダーランド、中国各地から集まられたバッタ物、パチ物も含めた商品が山積みされ、(もちろん今一番人気の I am not a plastic bag のパチエコバッグも品数豊富にそろっています)中国各地からやってきた売り子が客引きをし北京語が飛び交う中国の縮図がここのあります。

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客引きの少女が持つパンフレットにある1時間30元(450円)のタイ並の価格にフラフラとさそわれるままに入った足マッサージ屋
リクライニングシートに坐ると足を洗うためにお湯を入れた洗面器を持った兄ちゃんが現れ、北京語でまくしたてる、

韓国人か? シンガポール人か?だとか、どこに住んでるのか?とか(それくらいの北京語は判るがあとは意味不明)、
しばらくすると横から、後ろからネエチャン、ニイチャンが次から次へとビールを飲めとか、肩マッサージをしろとか、爪を切れとか、角質を削れとか、あげくのはてはほくろを取れとか料金表片手にシツコク迫ってくる、

これが初期価格を安くして追加料金で吊り上げていく中国商法かと思いながら、「不要!不要!」と懸命に追い払う。

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足をもんでいるにいちゃんも一人ぶつぶついい続け、察するに「ケチな日本人野郎・・」のようなことを言っていたかとおもうと
突然下から<ぶ~っ>と大音響とともにかます始末、

<何ちゅうことするねん!>と顔をにらみつけてやると、
<失礼しました>とも言わず、自分はきっちりマスクで防御した顔がニタニタしている。廻りの連中も<今日もなかなかいい音だしてるね・・>というようなニタニタ顔。

一瞬こちらも日本男児としてお返しにと思ったが、変なものが出て恥をかいても困るし、日本人の品格も邪魔をして行動に起せず、 <チーシー(馬鹿者)!>と広東語で叱責してやったが、全く意に介せず、相変わらずニヤニヤ・・・

あんたら、オリンピックを前にしてこんなことで大丈夫??

巨額の資金を投じてハードの施設は何とかかっこをつけても、肝心のソフトのマナーの向上にやっきになっている北京政府の苦慮が思いやられます。

路上でつばを吐くな とか、タバコの吸殻をポイ捨てするなとか、テーブルの上に食べかすを撒き散らすな とか列の割り込みをするな  などなどのモラル向上キャンペーンの標語に加え、

マッサージの客の前で平気で屁をかますな も追加お願いします。

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世界からの便り

主宰者プロフィール

ガチャマンダオーナー

大宅 一裕
(おおたく かずひろ)

1949年
京都生れ(街頭テレビの力道山の空手チョップに街は熱狂していた)

1968年
神戸六甲学院高校卒業 (裸で便所掃除のスパルタ教育)

1969年
上智大学外国語学部入学(キャンパスにはシュプレヒコールが響き、街には藤圭子の歌が流れていた)

1973年
大手百貨店入社(婦人服部に配属も連日返品作業、催事場での呼び込みの毎日)

1982年
百貨店の海外開店のためファッション担当としてシンガポール出向駐在(~1986年)
(仕入れのため世界各国へ出張し、海外とりわけアジアの魅力にズッポリとはまる)

1987年
百貨店退職後、香港にてGardex Internatinal 設立
香港を基点にヨーロッパ、アジアでのファッションビジネスに携わる

2000年
タイ、チェンマイにて会社設立、旅行業、ファッション、雑貨、食品貿易業のかたわらチェンマイ郊外のプーディン小学校との交流、支援を継続中