
年末芸能人やペアルックの新婚ペアやJALパックの団体旅行者がたむろしているようなどこかミーハーな偏見しかもっておらず、一生行く機会がないと思っていたハワイへ現地駐在している義妹夫妻の誘いもあり、生まれて初めて行ってきました。
初日まず訪れた観光旅行のメッカ、オアフ島、ワイキキ界隈は世界どこのリゾート地にもあるような海岸にあふれる海水浴客、海岸線に林立するリゾートホテル群にブランド店、土産物屋、レストランこれはバリ島クタ海岸、タイパタヤビーチ、プケット島、オーストラリアゴールドコースとと何の変わりもない醜悪な光景。
ああ予想通り、この程度の島ねと思っていましたが、島を北へ観光客から隔絶した地域を車を走らせると、ハワイならではの溶岩大地、ドライな風、透明度のある大気と海、純度100%の青空におおわれ、心身がリフレッシュされるような快感、これこそハワイの真髄ではないかと思いはじめました。
この島は周囲を太平洋に囲まれ、アジアのリゾート地にあるような公害、大気汚染、煙害から隔離され、今となっては地球上で数少ない汚染されてない空海、動物に触れることができる南のリゾート地ではないでしょうか?
早朝の浜辺を歩くとウォーリング、ジョギングの人たちに交じって、ゴミ袋をもった老夫妻や若いカップルが海岸のごみを拾っていました。住民が協力してこの美しい島を守ろうとしている姿に触れることができました。
いつの日も初体験は心身に忘れえぬ刻印を残すもの、何事も食わず嫌いでなく経験しなければ物言えないことを痛感したハワイ初体験でした。
今までのハワイフリークの人に対しハワイを小バカにした発言があったとすればお許しください。
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大宅 一裕
(おおたく かずひろ)
1949年
京都生れ(街頭テレビの力道山の空手チョップに街は熱狂していた)
1968年
神戸六甲学院高校卒業 (裸で便所掃除のスパルタ教育)
1969年
上智大学外国語学部入学(キャンパスにはシュプレヒコールが響き、街には藤圭子の歌が流れていた)
1973年
大手百貨店入社(婦人服部に配属も連日返品作業、催事場での呼び込みの毎日)
1982年
百貨店の海外開店のためファッション担当としてシンガポール出向駐在(~1986年)
(仕入れのため世界各国へ出張し、海外とりわけアジアの魅力にズッポリとはまる)
1987年
百貨店退職後、香港にてGardex Internatinal 設立
香港を基点にヨーロッパ、アジアでのファッションビジネスに携わる
2000年
タイ、チェンマイにて会社設立、旅行業、ファッション、雑貨、食品貿易業のかたわらチェンマイ郊外のプーディン小学校との交流、支援を継続中