BLACK THAILAND

楽しかるべきタイでの正月も2日国王の姉君のガラヤニ王女がご逝去されたため正月の華美なイルミネーションは取り外され街は一夜にしてBLACK THAILANDになってしまいました。この日から王室は100日間、政府機関は一切の祝賀行事を中止し15日間喪に服し、半旗をかかげ政府職員は黒い服を着用との閣議決定がなされました。

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これにならって強制ではないものの王室崇拝するタイ国民の多くの人たち今までの黄色から黒の衣装を着用し、TVのキャスターも皆、黒服でニュースを流し、番組の合間合間にガラヤニ王女の幼少のころからヨーロッパ留学を経て(スイスローザンヌ大学で化学の博士号取得)タイへ帰国後、国民への教育、医療、福祉での貢献の人生の映像を繰り返し流しています。
とりわけ少数民族や貧困にあえぐ農民、津波の被害者などの弱者にたいしての思いやりの活動は国民から深い感謝と尊敬を得られていたようです。

津波被害を受けた村へ見舞いにヘリコプターで訪れた王女を村人たちひざまずいて合掌しながら王女を仰ぎ見て取り囲んで話しを聴き、そしてひれ伏す映像を観て外国人の僕にはまるで王女が生き神さまのようにも思えました。

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昨日曜日のチェンマイのカトリック教会のミサの前にも十字架の祭壇に並んで設けられた王女の弔問祭壇の前で司祭の先導で信者たちがそろって王女のためにタイ語でアベマリア(天使祝詞)の祈りを10回(僕たちは日本語の古いバージョンでいっしょに)唱え、ガラヤニ王女が仏教国タイでも宗教を超えた偉大な存在であったことが判りました。

国王、王女の母上であるシーナカリン王母も同じく国民を援助するため数々の財団を設立され活動し、やはり国民に絶大の人気のあった方で(とりわけ北部の少数山岳民族の麻薬撲滅にも尽力され彼等に野菜栽培を奨励、促進されました)、王母のご存命中は頻繁にガラヤニ王女もごいっしょに国の僻地の村々に出かけてられ医療、教育の向上に尽力されていました。

バンコクポストによれば1995年その国民に敬愛されていたシーナカリン王母が亡くなられた年、国民が憔悴してしまい、消費は落ち込み経済は停滞してしまったとか王室は今回の王女の死が国民経済に悪影響を与えない為にも喪中であっても国民生活を規制しないよう望んでいるとか・・

プミポン国王殿下のご長命とガラヤニ王女殿下のご冥福を心からお祈りいたします。

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世界からの便り

主宰者プロフィール

ガチャマンダオーナー

大宅 一裕
(おおたく かずひろ)

1949年
京都生れ(街頭テレビの力道山の空手チョップに街は熱狂していた)

1968年
神戸六甲学院高校卒業 (裸で便所掃除のスパルタ教育)

1969年
上智大学外国語学部入学(キャンパスにはシュプレヒコールが響き、街には藤圭子の歌が流れていた)

1973年
大手百貨店入社(婦人服部に配属も連日返品作業、催事場での呼び込みの毎日)

1982年
百貨店の海外開店のためファッション担当としてシンガポール出向駐在(~1986年)
(仕入れのため世界各国へ出張し、海外とりわけアジアの魅力にズッポリとはまる)

1987年
百貨店退職後、香港にてGardex Internatinal 設立
香港を基点にヨーロッパ、アジアでのファッションビジネスに携わる

2000年
タイ、チェンマイにて会社設立、旅行業、ファッション、雑貨、食品貿易業のかたわらチェンマイ郊外のプーディン小学校との交流、支援を継続中