中華年末騒動

中華年末騒動

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旧正月を今週末に迎えた香港国際空港はすでに海外出国ラッシュが始まっていました。
中国南東部の大雪寒波の影響で香港も想定外の連日気温10度以下の氷雨模様・・・
昨日タイへの出国前、エアポートラウンジで純度100%中国製の冷凍シュウマイをパクパク、新聞をペラペラめくっていると、香港紙では日本での毒入り餃子の一件は掲載されていましたが中国紙では英字紙 CHINA DAILYでは事実のみの簡単報道と中国政府が速やかで適正な処置を執ったとの自画自賛記事あり、華字紙には一切の報道はなく、紙面のほとんどが大雪で鉄道網麻痺のため正月休暇で帰郷する群衆が積み残され都市駅では暴動寸前の大パニック状態の報道ばかり。昨日は温家宝首相自ら広州駅へ飛び、群衆を慰問したとのこと・・・
今回の餃子事件、中国側としたら正月前にややこしいいいがかりつけられ大迷惑の感じ、また北京オリンピックを前にしてたとえ中国側の非があったとしても絶対に表ざたにはしたくないところ、
正月休みをはさんで解決にはしばらく時間がかかり、USビーフのときと同じく、これからは衛生検査をしっかりやっていきましょうねということでうやむやに治まっていくのでは・・?

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今回のことで、また日本の食料自給率40%の脆弱な食糧事情が明らかなり、家庭用、業務用の冷凍中華総菜もほとんどが中国製だったことが判明しました。食糧海外輸入の依存度は年々増加しているにもかかわらず、食品製造業での原料ロス、流通段階、家庭での消費期限切れの在庫廃棄、家庭や飲食店での食べ残しの廃棄、食糧廃棄は年々増加しています。
あるスーパーでは廃棄する弁当がもったいないということで鶏の飼料として転化したところ弁当に使用している保存料、添加物のため奇形の鶏が発生したとの笑うに笑えない状況になってしまったとのこと・・・

飽食の時代を謳歌しているかに見える日本も実態は実に危うい綱渡りをしているように見えます。
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バンコク スワナブン空港から一歩外にでて湿度たっぷりの絡まるような熱帯の大気に体を包まれ今まで寒い国で収縮していた体細胞、脳細胞が溶解し、解放されていくような感じがしました。

反対に昨日成田入りしたサッカーのタイの代表選手たちは、生まれて初めて見る東京の雪と寒さに驚き、震え練習どころではないでしょう。寒中お見舞い申し上げます。

食糧自給率100%以上のタイ人のモットーは<どこでも寝れる、食べられる>、飢え死も凍え死の心配もなく自然のライフラインが確保されたタイなればこそ、タイ人のおおらかさ貧しくとも心の余裕ある生活があるのではと思いながらホテルへの車に乗りました。

<衣食足って礼節を知る>・・?

<いつまでもあると思うな親と食>・・?

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世界からの便り

主宰者プロフィール

ガチャマンダオーナー

大宅 一裕
(おおたく かずひろ)

1949年
京都生れ(街頭テレビの力道山の空手チョップに街は熱狂していた)

1968年
神戸六甲学院高校卒業 (裸で便所掃除のスパルタ教育)

1969年
上智大学外国語学部入学(キャンパスにはシュプレヒコールが響き、街には藤圭子の歌が流れていた)

1973年
大手百貨店入社(婦人服部に配属も連日返品作業、催事場での呼び込みの毎日)

1982年
百貨店の海外開店のためファッション担当としてシンガポール出向駐在(~1986年)
(仕入れのため世界各国へ出張し、海外とりわけアジアの魅力にズッポリとはまる)

1987年
百貨店退職後、香港にてGardex Internatinal 設立
香港を基点にヨーロッパ、アジアでのファッションビジネスに携わる

2000年
タイ、チェンマイにて会社設立、旅行業、ファッション、雑貨、食品貿易業のかたわらチェンマイ郊外のプーディン小学校との交流、支援を継続中