地球環境のためか、ガソリン代高騰のせいか自転車競技本場のヨーロッパの街を自転車で行き来する
人が増えてきました。今回訪れたドイツでも通勤着(なかには競技用ヘルメットを冠って)かなりのスピー
ドで飛ばし職場に向かっていました。
車道と歩道の間に自転車道が設けられ、うっかり歩いていると<アハテン! アハテン!(気をつて!)
>と叫ばれてしまします。町のあちこちに駐輪場が設けられ地下鉄や路面電車との乗り換えも便利に配
慮され、町ぐるみで自転車利用を推進しているようです。
日本でも最近、自転車での通勤もふえていると聞いていますが、通勤距離が長く、道路事情も完備され
ていない状況ではヨーロッパ並みになるのはまだまだ時間がかかるでしょうね。


フランクフルトでもミュンヘンでも、地球環境のせいか、ガソリン価格急騰のせいか、自転車に乗った人の
数が急上昇。車道と歩道の間に自転車道が敷かれ、かなりのスピードで自転車が行き来する。
町のそここに駐輪場も設置され、電車や地下鉄への乗り換えも便利に考えられているようです。
うっかり自転車道を歩いていると、後ろから<アハテン! アハテン!>(気をつけて!)と叫ばれる。
オフィス町でもネクタイをしめたビジネスマンやスーツを着たOLが中には自転車用ヘルメットを冠って通勤
ている。地球環境にも健康にもいい自転車は今後益々ヨーロッパでは普及していくでしょうが、日本でも
最近自転車愛好家の数が増えているようですが、通勤距離が電車で1時間以上の遠距離で、道路事情
も完備されてない日本ではヨーロッパ水準に到達するにはまだまだのようですね・・・
8月28日晴れていた空がにわかにかき曇り、ゲリラ豪雨に雷鳴、離陸を危うんでいましたが、無事アジアナ機は雨の中、定刻通りに出発、2時間後ソウルインチョン空港到着、1時間のトランジット待ちでフランクフルトに搭乗出発。
今回ネットで検索した条件がスターアライアンス(マイレージの関係上)で最安のビジネスクラスヨーロッパ便。検索結果はアシアナl航空、(成田ーソウルーフランクフルト 21万+諸経費)、価格の魅力もあってか日本からの利用客も多く、最新のスカイベッド仕様のビジネス席満席。
アシアナのアテンダントは美人ぞろいで、サービスも満点。食事も飲物もいたれりつくせりの10時間フライト、その間食事が3回、フォアグラ状態でフランクフルトの定刻17:00に到着しました。
本日、成田空港に隣接するホテルへチェックインし、明朝9:00のアシアナでソウル経由フランクフルトへ
発ち3週間かけて、ドイツ、イタリアを巡ります。
25年前から百貨店マンとして仕入れに年に2回、そして独立してからも頻繁に数年間、
計15回~20回訪れたヨーロッパに20歳代ドイツで学生、社会人生活を送っていた妻と最初で
おそらく最後になるであろう初老夫婦いっしょにそれぞれの思いを胸に訳ありの欧州行きとなりました。
人生のこの時期、時間的にも経済的にも決して安易な計画ではなかったかもしれませんでしたが、
今までの人生、<やれるときにやっておく>という明日を知らない出たとこ勝負の人生を送ってきた
僕にとって人生の宿題になっていた妻同伴の欧州再訪を一気に今回挙行することにあいなりました。
9月3日~10日大学同窓生グループ30名でのサルディニア、ローマ、フィレンツェ以外はガイドなしの
個人旅行です。
事前に妻がネットでホテル、航空券は予約していましたが、その昔に比べ驚愕のユーロ高、物価高・・・
果たしていかなる珍道中になりますら・・??
現地でのネット事情は不明ですが、できる限りホットな現地レポートを配信する予定です。
大宅 一裕
(おおたく かずひろ)
1949年
京都生れ(街頭テレビの力道山の空手チョップに街は熱狂していた)
1968年
神戸六甲学院高校卒業 (裸で便所掃除のスパルタ教育)
1969年
上智大学外国語学部入学(キャンパスにはシュプレヒコールが響き、街には藤圭子の歌が流れていた)
1973年
大手百貨店入社(婦人服部に配属も連日返品作業、催事場での呼び込みの毎日)
1982年
百貨店の海外開店のためファッション担当としてシンガポール出向駐在(?1986年)
(仕入れのため世界各国へ出張し、海外とりわけアジアの魅力にズッポリとはまる)
1987年
百貨店退職後、香港にてGardex Internatinal 設立
香港を基点にヨーロッパ、アジアでのファッションビジネスに携わる
2000年
タイ、チェンマイにて会社設立、旅行業、ファッション、雑貨、食品貿易業のかたわらチェンマイ郊外のプーディン小学校との交流、支援を継続中