
フランクフルトより特急列車ICEで南ドイツののどかな田園地帯を走ること3時間
バイエルン州都ミュンヘンに到着。駅前ホテルではインターネットサービスがないため
今後のことも考えネットで無線ラン契約(1か月ー29ユーロ:消費税19%込)
ミュンヘン観光のメッカ、市庁舎の仕掛け時計、本日最後の18時からの演奏を観に、
地下鉄でマリエン広場へ、まだ20分前なのに広場は演奏を待つ人でいっぱい。
やがて18時の時刻を告げる鐘の音とともに人の大きさの仕掛け人形が動き出し、見物客は
歓声をあげ一斉にカメラを上に向け撮影。約10分間で演奏終了。
夕食は1589年創業のビアホール<ホーフブロイハウス>へ・・体育館のような大きさの店は屋内も中
庭もすでに満員、なんとか空いていた席に座りチロル服のウエイトレスに黒ビールとソーセージを注文。
やがて運ばれてきたビールは持ち上げるのもずっしりの1リットルジョッキ、それをウエイトレスたちは
4つも5つもいっしょに運んでくる。
席は木むきだしの長テーブルとベンチ、テーブルクロスもなく一面落書きだらけ、まるで学生食堂
これも400年の歴史?
場内では楽団がドイツのアップテンポの曲を演奏し、客は飲み、食い、歌い、踊り、場内騒然、興奮のる
つぼ。
香港で上品におしとやかに育っている僕のささやくような声はで打ち消されてしまい思わず絶叫状態に、
周りの同席の学生たちといしょに曲に合わせ手拍子、足拍子でハイテンションになり、
すっかりいつもの居酒屋気分の乗りでミュンヘン第一夜は更けていきました。
翌日は市内散策を兼ねて美術館、博物館巡り、ミュンヘンには数多くの世界級の展示施設があり、
普段見る機会の少ないドイツ絵画やドイツの誇るベンツ、BMWなどの歴史的展示物をゆっくり
鑑賞することができました。
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大宅 一裕
(おおたく かずひろ)
1949年
京都生れ(街頭テレビの力道山の空手チョップに街は熱狂していた)
1968年
神戸六甲学院高校卒業 (裸で便所掃除のスパルタ教育)
1969年
上智大学外国語学部入学(キャンパスにはシュプレヒコールが響き、街には藤圭子の歌が流れていた)
1973年
大手百貨店入社(婦人服部に配属も連日返品作業、催事場での呼び込みの毎日)
1982年
百貨店の海外開店のためファッション担当としてシンガポール出向駐在(~1986年)
(仕入れのため世界各国へ出張し、海外とりわけアジアの魅力にズッポリとはまる)
1987年
百貨店退職後、香港にてGardex Internatinal 設立
香港を基点にヨーロッパ、アジアでのファッションビジネスに携わる
2000年
タイ、チェンマイにて会社設立、旅行業、ファッション、雑貨、食品貿易業のかたわらチェンマイ郊外のプーディン小学校との交流、支援を継続中