
1週間、大学の恩師ピタウ大司教のご案内で師の故郷サルディニアからバ
チカン、ローマ、アシジ、フィレンツェと30名の同窓ご家族の皆さまとのツア
ーに参加させていただき感動、感激の旅を終えふたたび夫婦二人となりボ
ロニアに入りました。
街は37kmに及ぶ天井付き歩道ファサードが巡らされ、歩けば中世そのまま
の文化と学芸の町ボロニア、この町を拠点に20年前独立したころ、Carpiと
いうニットの町へセーターの買付に通っていたことがあり、懐かしのボロニ
ア再訪を井上ひさし氏の<ボロニア紀行>を片手に果たしました。ヨーロッ
パの石造りの町並みはいつ行っても変わることなく重厚な歴史の時空間へ
迎えてくれます。
街の中心はマジョーレ広場にある SAN PETORONIO寺院の後、ドミニコ
修道会の本山 SAN DOMENICO教会へ行き<ボロニア紀行>にあるミケラ
ンジェロ作の彫像、モーツアルトに弾いたパイプオルガンを親切なガードマ
ンのおっちゃんに尋ねながら見学。そして以前からどうしても果たしたかっ
たボロニアの町にそびえる石の高楼ツインタワー THE DUE TORRIの
498段の年季の入った木製階段を息ゼイゼイ、足ガクガクで昇り、そこから
眼下に360度拡がるボロニアの町の全景を見ることができました。
今回の旅でバチカンのサンピエトロ寺院、フィレンツエのドーモ、そしてボロ
ニアの高塔を最高階まで踏破(?)でき積年の思いを人生最後のヨーロッ
パツァーで遂げることができました。
<馬鹿と煙は高いところに昇る>の言葉通り、立派に馬鹿の証明もここイタ
リアでも果たしました。
ボロニアの町には中世の古い建物を利用した美術館、博物館が各所にあ
ります。たとえ改修する際も外観は中世のまま残し、内装は現代イタリアデ
ザインが施された施設が多くあります。
そのひとつマジョーレ広場に隣接する Palazzo Communale、400年前から
集会所、学校、体育館などに使用されていましたが、今では見事な近代的
デザインの改修がなされ図書館として多くの市民に利用されていました
<ボロニア紀行>にあるようにボロニア市民は中世の古い町を残すことで
過去の歴史を共有し現在の財産とし、その精神も共有しながら生活して
いることを実感しました。
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大宅 一裕
(おおたく かずひろ)
1949年
京都生れ(街頭テレビの力道山の空手チョップに街は熱狂していた)
1968年
神戸六甲学院高校卒業 (裸で便所掃除のスパルタ教育)
1969年
上智大学外国語学部入学(キャンパスにはシュプレヒコールが響き、街には藤圭子の歌が流れていた)
1973年
大手百貨店入社(婦人服部に配属も連日返品作業、催事場での呼び込みの毎日)
1982年
百貨店の海外開店のためファッション担当としてシンガポール出向駐在(~1986年)
(仕入れのため世界各国へ出張し、海外とりわけアジアの魅力にズッポリとはまる)
1987年
百貨店退職後、香港にてGardex Internatinal 設立
香港を基点にヨーロッパ、アジアでのファッションビジネスに携わる
2000年
タイ、チェンマイにて会社設立、旅行業、ファッション、雑貨、食品貿易業のかたわらチェンマイ郊外のプーディン小学校との交流、支援を継続中