
今回の旅行中初めての雨のミラノでした。
それも朝から雷雨。
1週間前いつもイタリアでなにかとお世話になっている阪神トラベル ローマ
の小貫さんにお願いしていたミラノでのレオナルド ダビンチの最後の晩餐
拝観の予約が取れていたので、雨の中 サンタアリア デッレ グラッツェ教
会脇の展示館まで行ってきました。
もともとの壁画は修道院の食堂の正面上部に描かれたもので今はこの作
品のみの立派な展示館になっていました。
10数年前来た時は早い者勝ち、長い行列の末の入場で壁画も修復中でし
たが、今では修復も完成、建物も新装され、拝観も完全予約制になったと
か、予約カードを受付に提示し、12時45分の入場券と交換し、
並ぶことなく20人ほどのカナダからの団体観光客の人たちといっしょに入
場。20年かけて修復された天才画家の壁画を日本語説明端末を聞きなが
ら15分間ゆっくり拝観できました。
端末での細部までの説明で作品の素晴らしさ、巨匠レオナルド ダビンチの天才たるゆえんを
理解できたような気になりました。(館内は撮影禁止、下記画像は絵葉書から・・・)
午後お訪ねした三井物産イタリーの大竹さんのお話では通常最後の晩餐
の日本からのインターネット予約では6が月待ちもあり、闇価格は数万円で
でも流通しているとか・・・
1週間前に申し込んでチケットが取れたことは超々ラッキーとのこと、
あらためて小貫さんのご尽力に感謝。
2000年以上前の史跡の中で生活するイタリアでは、年々劣化していく建造
物、美術品の修復が各地で必要となってきます。
そしてその修復費用のスポンサーになっているのが政府ではなく一般企
業、銀行が利益の社会還元の一貫として行っているとのこと。
この最後の晩餐の20年にも及ぶ修復にはオリベッティ社がスポンサーにな
ったことが入口のパネルにも掲示されていて、会社の決算が赤字になった
年も社会的責任において資金協力を続けたとのこと。
現在外部を修復しているミラノ大聖堂ドウモも美観をそこなわないように本
来あるはずの建物の写真幕で周囲を覆い、やはりスポンサーになっている
ESPRIT社のマークが掲げられていました。
ボローニアでも市内各所に修復中の遺跡が写真幕で覆われ ボローニア
銀行の社名とともに現在8つの遺跡の修復中であると掲示されていました。
井上ひさし氏の<ボローニア紀行>によればローマのコロッセオはローマ
開発銀行財団が、ベネッアのグラッソ宮殿はFIAT社がスポンサーになって
修復されたのこと。
そしてバチカン美術館内のシスティーナ礼拝堂の最後の審判の大壁画の
修復のスポンサーはわが日本の日本テレビ社が行ったことは今回、ピタウ
大司教様そして現地日本人ガイドの佐藤さんから初めて知った情報で、先
日のフィレンツェの大聖堂の落書き事件とは対照的に日本企業がイタリア
(バチカン)の世界遺産の修復に貢献していることに日本人として少し誇ら
しく思いました。
明日からは再びドイツ ミュンヘンに戻り、レンタカーでロマンテック街道を
北上の予定です。
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大宅 一裕
(おおたく かずひろ)
1949年
京都生れ(街頭テレビの力道山の空手チョップに街は熱狂していた)
1968年
神戸六甲学院高校卒業 (裸で便所掃除のスパルタ教育)
1969年
上智大学外国語学部入学(キャンパスにはシュプレヒコールが響き、街には藤圭子の歌が流れていた)
1973年
大手百貨店入社(婦人服部に配属も連日返品作業、催事場での呼び込みの毎日)
1982年
百貨店の海外開店のためファッション担当としてシンガポール出向駐在(~1986年)
(仕入れのため世界各国へ出張し、海外とりわけアジアの魅力にズッポリとはまる)
1987年
百貨店退職後、香港にてGardex Internatinal 設立
香港を基点にヨーロッパ、アジアでのファッションビジネスに携わる
2000年
タイ、チェンマイにて会社設立、旅行業、ファッション、雑貨、食品貿易業のかたわらチェンマイ郊外のプーディン小学校との交流、支援を継続中