
旅路の果て初めてのベルリンは感動的かつ魅惑的でした。
ミュンヘンから北上してきて観てきたドイツらしいメルヘンテッィックな中世の町、
ロマンティックな古城の町のイメージからかけはなれた躍動するアート、
音楽あふれる近代都市べルリンでした。
プロシア、ナチファッショ、東西分割、壁崩壊、東西統合、この200年
激動する現代史のはざまでこの都市は大変遷を遂げてきました。
それはあたかも極東の上海、香港、サイゴンの歴史にも似ていて、
ドイツの他のどの町にもないどこか世紀末の虚栄とデカダンスの
香り漂うときめきの都市のようにも思えました。
明治維新後、文明開化の日本は当時世界の最先端の文明国
プロシアから多くの学者、技術者を招請し、
また森鴎外を含む多くの留学生を首都ベルリンへ派遣しました。
舞姫を書いた鴎外の当時住んでいたルイゼン通りの下宿は
今は鴎外記念館として残っていました。
1920代ロンドン、パリとともにヨーロッパ代表するベルリンは
第2次大戦で70%を焼失、1961年からの東西分割、
89年の壁の崩壊後の東西ドイツ統合、首都移転、
そしてこの20年間世界中で上海と並んでもっとも土木、
建設工事が行われ変貌を遂げているエネルギーに満ちた都市でした。
昨年この地を訪問した友人のアドバイスに従い初日は日本語音声ガイド付き
観光バス(20ユーロ)で観光名所ブランデルク門、カイザーウィリヘム教会、
シャルロッテンブルク宮殿、ベルリン大聖堂、国会議事堂、ユダヤ博物館などを巡り、
2日目からは電車(Sバーン、Uバーン)の1日券(6.1ユーロ)を購入して
DEEPにベルリン探訪を行いました。
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大宅 一裕
(おおたく かずひろ)
1949年
京都生れ(街頭テレビの力道山の空手チョップに街は熱狂していた)
1968年
神戸六甲学院高校卒業 (裸で便所掃除のスパルタ教育)
1969年
上智大学外国語学部入学(キャンパスにはシュプレヒコールが響き、街には藤圭子の歌が流れていた)
1973年
大手百貨店入社(婦人服部に配属も連日返品作業、催事場での呼び込みの毎日)
1982年
百貨店の海外開店のためファッション担当としてシンガポール出向駐在(~1986年)
(仕入れのため世界各国へ出張し、海外とりわけアジアの魅力にズッポリとはまる)
1987年
百貨店退職後、香港にてGardex Internatinal 設立
香港を基点にヨーロッパ、アジアでのファッションビジネスに携わる
2000年
タイ、チェンマイにて会社設立、旅行業、ファッション、雑貨、食品貿易業のかたわらチェンマイ郊外のプーディン小学校との交流、支援を継続中