
探し物が2,3あり、チェンマイから北へ250km、メコン河のほとりへいつもの3人ででかけました。
タイの正面玄関がバンコク、スワナブン空港ならば、このメコン河畔の、チェンセン、
ゴールデントライアングル、メイサイは裏玄関、勝手口になり、古くより北の中国、ラオス、
ミャンマーから合法、非合法のモノ、ヒト、カネ、ヤク・・がこの国境線よりタイ国内に
流入し続けています。最近では北朝鮮からの多くの脱北者も中国大陸を縦断し、メコンをくだって
チェンセンからタイへ侵入してきていると地元紙は伝えています。
昼過ぎにチェンマイを発ったため対岸がラオスの古都チェンセン到着はすでに夕方。
川っぷちには屋台のちゃぶ台が並び早くも宴会は開始されていて、
はしけでは苦力たちが停泊している数隻の中国船から満載の貨物を降ろしていました。

茜色に染まるメコン河畔の道を走りながら見つけた、2年前にOPENしたという川辺のホテル
LE RIVERに飛び込みで宿泊することにして、チェックイン後、早速すでに闇に包まれた
ホテルの川べり食堂で香辛料いっぱいのタイ料理+タイビールで乾杯、眼下にははるかチベット高原から
幾千キロ流れ来しメコンの流れ、上流の大雨のため満々と水をたたえ大蛇のように静かにうねるように
流れ行く大河。
数千年変わらずの悠久の時空を流れる大河を前にその一適にも満たない宇宙の藻屑のような我が人生の儚さを
今更ながら瞑想させられる世界でした。
レストランの照明には幾多の虫が集まり来て、静粛な大自然の中の夕食を終え、
ビールの酔いもあり、部屋のTV番組の言葉も判らず、早々と就寝。
夜中、トッケイの鳴き声で目をさまし、ベランダにでると漆黒の世界、仰ぎ見ると言葉を失うような
満天の降るような星空に眠気も一気に吹っ飛ぶ。
デジカメを夜景モードにしてシャッターを押し続けましたが、僕の技術では撮影不可能。
星降る画像は脳裏のSDカードにしっかりとFileしておくことに・・・

メコンの夜明けは6時過ぎから刻々と空と川面の織りなす色彩が万華鏡のように変化するなか、
昨夜の川床ホテル食堂で渡りくる河風を受けながらの快感朝食。
部屋数20室、この至極のホテルのお値段、1部屋朝食2人分込で1泊1600バーツ(円高還元 4500円)
朝日を浴びながらの朝食後3人はミャンマー国境の町メイサイを経由し探し物の旅へでかけました。

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大宅 一裕
(おおたく かずひろ)
1949年
京都生れ(街頭テレビの力道山の空手チョップに街は熱狂していた)
1968年
神戸六甲学院高校卒業 (裸で便所掃除のスパルタ教育)
1969年
上智大学外国語学部入学(キャンパスにはシュプレヒコールが響き、街には藤圭子の歌が流れていた)
1973年
大手百貨店入社(婦人服部に配属も連日返品作業、催事場での呼び込みの毎日)
1982年
百貨店の海外開店のためファッション担当としてシンガポール出向駐在(~1986年)
(仕入れのため世界各国へ出張し、海外とりわけアジアの魅力にズッポリとはまる)
1987年
百貨店退職後、香港にてGardex Internatinal 設立
香港を基点にヨーロッパ、アジアでのファッションビジネスに携わる
2000年
タイ、チェンマイにて会社設立、旅行業、ファッション、雑貨、食品貿易業のかたわらチェンマイ郊外のプーディン小学校との交流、支援を継続中