
シンガポールの朝は7時になってからやっと白み始めます。
友人のH夫妻の誘いもあり、夜明けのボタニック ガーデンのウォーキングに行ってきました。
シンガポール市内に広大な敷地を有するボタニックガーデンは1856年、イギリス統治時代、ゴムの樹や欄の花の実験農場として開園され、その後150年の歴史の中で数々の南洋植物、樹木が植えられ成長し、緑に覆われた大公園になっています。
園内各所に池や広場、コンサートホール、カフェ、レストランがあり、1周、約40分の遊歩道には朝早くから、ウォーキング、ジョギング、太極拳、犬の散歩などなどの市民で賑わっています。
むせ返るような生命力の満ちた南洋樹の中、南国シンガポールならではのウォーキングは心地よい鋭氣を体内にインプットしてくれます。
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午後、シンガポールが初めてというY夫妻を、シンガポール観光の定番のセントサ島へ、市内のマウントフェーバーからロープウェイに乗ってご案内しました。
島内観光を終えて、またロープウェイの乗って帰ろうと空を見れば、時折の突風とともに真っ黒の雨雲が流れ来て、遠くで雷の音、
それでも運行しているロープウェイに乗ったまではよかったのですが、風は激しさを増し、遠くの椰子の樹はユサユサとゆれ、90m眼下の海に白波が激しく立っている。ロープウエェイの進行速度は超ゆっくりになり、ゴンドラは左右にスィングしはじめ、生きた心地せず、最初ははしゃいでした同乗者たちもそのうちロープウェイがこのまま宙吊りで止まってしまうのではないかという恐怖で窓の外ぴゅーぴゅうー吹きすさぶ風の中、押し黙ってしまいました。
海上90mでこんな思いをするらば、上空10000mで揺れる飛行機のほうが、どれくらいましかと思いながらやっとのことでワールドトレードセンターの中継地に辿りつき、一同、息を吹き返しました。
一度は捨てた命(?)、残された人生は世のため、人のための捧げようと・・・・・・そのときは決意していました・・・・
絶叫マシーンがお好きな方へ一押しのお勧め・・・強風の中のセントサロープウェイ・・・
アジアを旅していても、確実に地球が壊れていっていることを感じます。
4ヶ月ぶりに訪れたシンガポールでも昔のような太陽がサンサンと照り注ぐ青く澄み切った空が消えてかかっています。
毎年のようにエルニーニョ現象によるインドネシアの相次ぐ山火事の煙がシンガポール、マレーシアの空を薄黒く覆うヘイズ、この煙害は環境問題だけではなく、国民の健康問題にまで波及し、互いの政治不干渉原則のアセアン各国の絆を揺るがしかねないような国際政治問題にまで波及していっています。
国内では世界一喫煙の煙害に厳しいシンガポール政府も上空から国境を越えて進入してくるこの煙害にはお手上げ状態。
タイの度重なる洪水、そして年末年始の低温の異常気象同様,、この2-3ヶ月シンガポールでも100年来(ということは初めて)の長雨現象、あの南国独特の短時間のバケツをひっくり返したようなシャワーではなく、日本の梅雨のようなシトシト、ジトジトの長雨が続いています。
いつも海外からの宿泊客で賑わうシャングリラホテルのプールサイドも人影はまばら・・・
日課のエクササイズのためか朝から雨の中、黙々と泳いでいる老人もいましたが・・(その昔、学生寮で台風の暴風雨の中、外に洗濯物を黙々と干していた先輩もいましたが・・)
それにしてもこの<不都合な真実>は地球をどこまで不都合にしてゆくのでしょうか?
IMFの年次総会 G7開催中のシンガポールに入りました。

空港の到着ロビーから、銃を持った兵士が行き来し、到着客もセキュリティチェック,され異様な雰囲気、開催期間の10日ー20日の間、すべてのホテル料金を通常の2倍以上に値上げし、出来るだけIMFに関係ない入国客を制限し、IMFに向けてのテロ、デモを防ごうとするシンガポール政府の施策がみえみえ、この間どうしても宿泊せねばならないこちらはいい迷惑、市内も会場周辺の道路は交通制限され、ふだん渋滞のないこの国に交通渋滞をもたらし、主要ホテルのロビーにも多くのガードマンが行き来するピリピリムードのシンガポールです。

総裁選挙の真っ只中、総会に出席のためシンガポールに滞在せばならない谷垣財務相もいい迷惑でしょうね・・・・
25年間の世界回遊生活のなかで数百(?)の宿を泊まり歩いてきたでしょうか・・・
1泊数百円のゲストハウスから数万円の5★ホテルまで、別にいつもホテルライフを楽しむわけでなく、寝るだけなのでベッドさえあればどこに泊まっても同じようなものなんですが、その中であえてランキングをつけるとすると私的思い入れからすれば、シンガポール シャングリラ ホテルが栄えあるNO1の座に輝くでしょう。
(人生の節目、節目にまだ数回しか宿泊してませんが・・飲食では何度となく利用しています)
シャングリラという名前はJAMES HILTONの伝奇小説<失われた地平線 LOST HORIZON>にある
チベットの山奥にあるといわれる水清く、花咲き乱れ、鳥歌う 伝説の桃源郷を意味し、そこへ訪れる人は皆その妙なる世界に魅了されてしまう地上の楽園とホテル案内にあります。
1971年にシンガポールにオープンしたシャングリラホテルは世界各国のVIPのシンガポール滞在時の宿にもなり、
いまやアジア各国47主要都市にホテル展開する一大グループに発展しました。
ホテルの正面玄関では桃源郷の兵士をイメージした緋色のネパール民族衣装を着たドアマンがうやうやしく迎えてくれます。まず正面ロビーに入って圧倒されるのはその見上げるような天井高と威風堂々のレセプション、よく冷えたウェルカムシャンペンで旅の疲れも吹っ飛びます。
ロビーに隣接した広々としたロビーラウンジには、今もかわらずハイスリットのチャイナドレスを着たウエイトレスが行き来し、その空間に流れるえもいわれぬリラックスした静かな時の流れは旅人を桃源郷の世界に引き入れてくれます。
広大な庭園にはトロピカルな樹木、花々で覆われ鳥が鳴き水が流れ、緑に囲まれたプールサイドでは世界中からのゲストが南国の太陽を浴びてリゾートライフをエンジョイしています。
ホテルもこの数年で改装、増築がなされ、その昔、駐在員時代、年がいもなくよく通った名物ディスコ<ザイナドゥ>は今はスポーツジムになり、マンゴプディンが名物だった南国情緒タップリのコーヒーハウスもすっかりイメージチェンジし、コンテンポラリーデザインで生まれ変わり、アジア、ヨーロッパ、中華、日本料理をオープンキッチンで提供するようになり
朝食ビュフェもそのところ狭しと並べられた料理の種類に圧倒されてしまいます。この新生コーヒーハウス<LINE>は
昨年、NO 1 シンガポール ビュフェに選ばれたとか。。。納得・・・
そして何よりもよく教育されたホテルスタッフのいつも笑顔をたやさず、細かいところまで気をつかい行き届いたサービスこそこのホテルが数々の賞を獲得し続けている所以だと思います。
このシャングリラホテルは19世紀開業のもう一つの名門ラッフルズホテルともどもシンガポールの歴史と風格を示すホテルであり続けていくでしょう。
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でも僕は日本帰国時によく利用する、あの話題の東横インの狭い部屋の一室で缶ビールをぐびぐび飲みながらTVでナイター観戦のほうがシャングリラのプールサイドよりもリラックスするもうひとつの桃源郷なのですが・・・
(特にタイガースが勝った夜などは・・・)
大宅 一裕
(おおたく かずひろ)
1949年
京都生れ(街頭テレビの力道山の空手チョップに街は熱狂していた)
1968年
神戸六甲学院高校卒業 (裸で便所掃除のスパルタ教育)
1969年
上智大学外国語学部入学(キャンパスにはシュプレヒコールが響き、街には藤圭子の歌が流れていた)
1973年
大手百貨店入社(婦人服部に配属も連日返品作業、催事場での呼び込みの毎日)
1982年
百貨店の海外開店のためファッション担当としてシンガポール出向駐在(~1986年)
(仕入れのため世界各国へ出張し、海外とりわけアジアの魅力にズッポリとはまる)
1987年
百貨店退職後、香港にてGardex Internatinal 設立
香港を基点にヨーロッパ、アジアでのファッションビジネスに携わる
2000年
タイ、チェンマイにて会社設立、旅行業、ファッション、雑貨、食品貿易業のかたわらチェンマイ郊外のプーディン小学校との交流、支援を継続中