最後の晩餐

EU9139.jpg


今回の旅行中初めての雨のミラノでした。

それも朝から雷雨。

1週間前いつもイタリアでなにかとお世話になっている阪神トラベル ローマ

の小貫さんにお願いしていたミラノでのレオナルド ダビンチの最後の晩餐

拝観の予約が取れていたので、雨の中 サンタアリア デッレ グラッツェ教

会脇の展示館まで行ってきました。

もともとの壁画は修道院の食堂の正面上部に描かれたもので今はこの作

品のみの立派な展示館になっていました。

EU9132.jpg
(画像左端のベージュの建物)


10数年前来た時は早い者勝ち、長い行列の末の入場で壁画も修復中でし

たが、今では修復も完成、建物も新装され、拝観も完全予約制になったと

か、予約カードを受付に提示し、12時45分の入場券と交換し、

並ぶことなく20人ほどのカナダからの団体観光客の人たちといっしょに入

場。20年かけて修復された天才画家の壁画を日本語説明端末を聞きなが

ら15分間ゆっくり拝観できました。

端末での細部までの説明で作品の素晴らしさ、巨匠レオナルド ダビンチの天才たるゆえんを

理解できたような気になりました。(館内は撮影禁止、下記画像は絵葉書から・・・)

EU9133.jpg


午後お訪ねした三井物産イタリーの大竹さんのお話では通常最後の晩餐

の日本からのインターネット予約では6が月待ちもあり、闇価格は数万円で

でも流通しているとか・・・

1週間前に申し込んでチケットが取れたことは超々ラッキーとのこと、

あらためて小貫さんのご尽力に感謝。

2000年以上前の史跡の中で生活するイタリアでは、年々劣化していく建造

物、美術品の修復が各地で必要となってきます。

そしてその修復費用のスポンサーになっているのが政府ではなく一般企

業、銀行が利益の社会還元の一貫として行っているとのこと。

この最後の晩餐の20年にも及ぶ修復にはオリベッティ社がスポンサーにな

ったことが入口のパネルにも掲示されていて、会社の決算が赤字になった

年も社会的責任において資金協力を続けたとのこと。

現在外部を修復しているミラノ大聖堂ドウモも美観をそこなわないように本

来あるはずの建物の写真幕で周囲を覆い、やはりスポンサーになっている

ESPRIT社のマークが掲げられていました。

ボローニアでも市内各所に修復中の遺跡が写真幕で覆われ ボローニア

銀行の社名とともに現在8つの遺跡の修復中であると掲示されていました。

EU9119.jpg


井上ひさし氏の<ボローニア紀行>によればローマのコロッセオはローマ

開発銀行財団が、ベネッアのグラッソ宮殿はFIAT社がスポンサーになって

修復されたのこと。

EU9135.jpg
 

そしてバチカン美術館内のシスティーナ礼拝堂の最後の審判の大壁画の

修復のスポンサーはわが日本の日本テレビ社が行ったことは今回、ピタウ

大司教様そして現地日本人ガイドの佐藤さんから初めて知った情報で、先

日のフィレンツェの大聖堂の落書き事件とは対照的に日本企業がイタリア

(バチカン)の世界遺産の修復に貢献していることに日本人として少し誇ら

しく思いました。

明日からは再びドイツ ミュンヘンに戻り、レンタカーでロマンテック街道を

北上の予定です。

EU91320.jpg
(画像はイタリアで大流行のキティちゃんグッズのスマート車)

投稿者: otaku 日時: 09:45 | パーマリンク | コメント (0) | トラックバック (0)

ボロニア紀行

ITALY S-1.jpg


1週間、大学の恩師ピタウ大司教のご案内で師の故郷サルディニアからバ

チカン、ローマ、アシジ、フィレンツェと30名の同窓ご家族の皆さまとのツア

ーに参加させていただき感動、感激の旅を終えふたたび夫婦二人となりボ

ロニアに入りました。

EU9113.jpg

EU9112.jpg


街は37kmに及ぶ天井付き歩道ファサードが巡らされ、歩けば中世そのまま

の文化と学芸の町ボロニア、この町を拠点に20年前独立したころ、Carpiと

いうニットの町へセーターの買付に通っていたことがあり、懐かしのボロニ

ア再訪を井上ひさし氏の<ボロニア紀行>を片手に果たしました。ヨーロッ

パの石造りの町並みはいつ行っても変わることなく重厚な歴史の時空間へ

迎えてくれます。

街の中心はマジョーレ広場にある SAN PETORONIO寺院の後、ドミニコ

修道会の本山 SAN DOMENICO教会へ行き<ボロニア紀行>にあるミケラ

ンジェロ作の彫像、モーツアルトに弾いたパイプオルガンを親切なガードマ

ンのおっちゃんに尋ねながら見学。そして以前からどうしても果たしたかっ

たボロニアの町にそびえる石の高楼ツインタワー THE DUE TORRIの

498段の年季の入った木製階段を息ゼイゼイ、足ガクガクで昇り、そこから

眼下に360度拡がるボロニアの町の全景を見ることができました。

今回の旅でバチカンのサンピエトロ寺院、フィレンツエのドーモ、そしてボロ

ニアの高塔を最高階まで踏破(?)でき積年の思いを人生最後のヨーロッ

パツァーで遂げることができました。

<馬鹿と煙は高いところに昇る>の言葉通り、立派に馬鹿の証明もここイタ

リアでも果たしました。

EU9121.jpg

EU9122.jpg

ボロニアの町には中世の古い建物を利用した美術館、博物館が各所にあ

ります。たとえ改修する際も外観は中世のまま残し、内装は現代イタリアデ

ザインが施された施設が多くあります。

そのひとつマジョーレ広場に隣接する Palazzo Communale、400年前から

集会所、学校、体育館などに使用されていましたが、今では見事な近代的

デザインの改修がなされ図書館として多くの市民に利用されていました

<ボロニア紀行>にあるようにボロニア市民は中世の古い町を残すことで

過去の歴史を共有し現在の財産とし、その精神も共有しながら生活して

いることを実感しました。


EU9116.jpg

EU9118.jpg


  

投稿者: otaku 日時: 13:00 | パーマリンク | コメント (0) | トラックバック (0)

バチカンの鐘は鳴る

話は古くなりますが映画<ひまわり>でロシアへ出兵するマストロヤンニと

妻ソフィアローレンが最後の抱擁するシーンのミラノ中央駅。70年前ムッソ

リーニ時代に建造された大理石の重厚壮大な建物。

EU9011.jpg

EU9013.jpg

ミラノ中央駅10:00am発ナポリ行きES(ユーロスター)ファーストクラスに乗

車。車内はシックなイタリアンデザイン。飲食できるBAR車もあり。

(でも内装設備は新幹線グリーン車のほうが数段上)

無料の飲み物、スナックのサービスもあり、ボローニア、フィレンツェに停車し、ローマまで4時間半、

車窓からイタリア中部ロンバルディア平原を見ながらの快適な旅。

EU9014.jpg
  

これも映画<終着駅>の舞台となったローマテルミニ駅到着は定刻14:3

0、今回の旅はじめてタクシーを利用し、ローマでいつもお世話になってい

るバチカンのサンピエトロ広場に隣接している女子修道院 

<Istituto Maria SS.Bambina>にチェックイン。

修道院ゆえ門限は23時、館内は禁酒、禁煙、禁放歌高吟、禁不純異性行

為。

それでも1泊朝食付きひとり55ユーロ(税サ込9000円)は今回の旅のホテ

ルの中では超最安価。

にこやかにほほ笑むイタリア語しかしゃべらない老シスターの案内で部屋

へ、テレビも冷蔵庫もないけれど部屋はひろくバスタブもあり快適そのも

の、隣の聖ペトロ寺院からの鐘の音が四六時中流れきてバチカン情緒いっ

ぱい。

EU9017.jpg
 

早速徒歩3分のカトリック大本山、聖ピエトロ寺院拝観、ここでもセンサーで

持ち物、身体検査。寺院内は多くの観光客でうまり、壮大な装飾にいつもな

がら感動、それにもましてラッキーだったのは今回タイミングよく正面大祭

壇での17:00からのラテン語のミサに参列させていただいたこと。

さすが本家本元、聖歌隊のおっちゃんのテノールにも荘厳なパイプオルガ

ン音色にも深く心打たれました。

EU9019.jpg
 

10200.jpg

投稿者: otaku 日時: 09:02 | パーマリンク | コメント (0) | トラックバック (0)

アルプスを越えて

イタリアへ空路北から入る楽しみは眼下に拡がるスイスアルプスの大パロラマが

堪能できること、そのために座席は窓側、ただし翼の上以外のリクエストがおすすめ。

昨日はあいにくアルプス上空は曇天、それでも雲の合間からいくつもの峰々が顔をだしていましたが、

ここでも、山頂付近の万年雪は少なくなり黒い地肌が表出し、地球温暖化の影響は年々加速度的に進行していることが分かります。

EU8319.jpg


EUからのミラノ到着は3つある空港のうちのマルペンサ空港、EU間の移動はパスポートチェックが

なくなり国内移動のようにそのまま荷物をピックアップし入国、列車マルペンサエクスプスで(11ユーロ)

30分ミラノ北駅に到着。

ホテルチェックイン後、地下鉄でまず大聖堂のあるドーモへ、昔はフリーパスだった聖堂への入場も、今は手荷物、身体チェックあり、これもテロ以来の世界標準システム。

06000.jpg
 
EU91310.jpg

その昔、夢を追ってここミラノのファッション、靴、バッグの展示会へ頻繁に出張していたころ、この大聖堂にもよく訪れ、夢の満願成就を祈っていましたが、残念ながらヨーロッパビジネスの夢は完遂できずアジアの藻屑と化したビジネス人生でしたが、今日こうしてまた大聖堂に再訪できたことを伽藍サイドにある小祭壇にロウソクを捧げ目を閉じ頭を垂れ感謝の祈りをしているとあのころのことが脳裏を駆け巡り、熱いものが湧いてきました。


聖堂を出ると広場は観光客でいっぱい、観光客目当ての物売り、大道芸人、すり、かっぱらいの間を抜けてガラス天井ショッピング通り<ギャラリア>、スカラ座前を通り。昔の定宿ホテル デラビレそばのよく通ったレストラン Di Gennaroで今回の旅はじめてのイタリアン想い出ランチ。

EU8311.jpg


EU8318.jpg 

こうして恐らく人生最後になるであろうイタリア センチメンタル ジャーニーがスタートしました。

投稿者: otaku 日時: 10:54 | パーマリンク | コメント (0) | トラックバック (0)

主宰者プロフィール

ガチャマンダオーナー

大宅 一裕
(おおたく かずひろ)

1949年
京都生れ(街頭テレビの力道山の空手チョップに街は熱狂していた)

1968年
神戸六甲学院高校卒業 (裸で便所掃除のスパルタ教育)

1969年
上智大学外国語学部入学(キャンパスにはシュプレヒコールが響き、街には藤圭子の歌が流れていた)

1973年
大手百貨店入社(婦人服部に配属も連日返品作業、催事場での呼び込みの毎日)

1982年
百貨店の海外開店のためファッション担当としてシンガポール出向駐在(?1986年)
(仕入れのため世界各国へ出張し、海外とりわけアジアの魅力にズッポリとはまる)

1987年
百貨店退職後、香港にてGardex Internatinal 設立
香港を基点にヨーロッパ、アジアでのファッションビジネスに携わる

2000年
タイ、チェンマイにて会社設立、旅行業、ファッション、雑貨、食品貿易業のかたわらチェンマイ郊外のプーディン小学校との交流、支援を継続中

にほんブログ村 海外生活ブログ アジア情報へ