そして カルカッタ

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中学、高校時代の恩師ロバート フリン神父様は

昨年2月7日清貧、貞潔、従順のイエズス会師と

しての88歳の生涯を終えられました。残された

全財産はダンボール箱3つだけだったとのでした。

7年前日本帰国の際出席したOB会の会場で

フリン神父様と再会し、神父様の自伝

【ロバートフリン ある神父の足跡】をサイン入りで

購入させていただき、その夜ホテルで一気の読み終え、

あらためて先生の教育者、イエズス会師としての

人生に感銘を受けました。

その後その本にある162ページにある

<わたしの一生の中で、一番幸せを味わったのは、

1969年インドへ行ってマザーテレサの活動を手伝った3日間でした>

との一節がいつも頭の方隅に残っていました。

<一体どんな幸せな3日間だったのだろう・・??>

今年春、訪問した神戸カトリック六甲教会でお会いした

片柳弘史神父著【カルカッタ日記 マザー・テレサに出会って】

を読んで益々、13年前亡くなられたマザーテレサが生涯を

捧げたカルカッタのマザーの家へ行ってみたいとの思いを強くし、

昨年12月デリーへの出張の帰路、マザーに導かれるように

初めてのカルカッタの地を踏む機会を得ることになりました。

それは期せずして自身の還暦の年でもあり、マザー生誕100周年の

忘れえぬ旅となりました。

ガンジスのほとり聖地ベナレスから30kmにあるMughal Sarai駅に

40分遅れで到着した(インドでは1時間くらいは遅れたことにならないとのこと)

Kalka Mail号に午後9時に乗車し11時間で早朝8:00のカルカッタ 

ハウラー駅に到着。

朝霧に煙る駅もポーターもいきなり100年前の東インド会社時代に

タイムスリップしたような光景。

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駅からホテルへの途中、タクシーの窓から飛び込んでくるカルカッタは

他のインド都市以上に喧騒と猥雑と混沌の世界。排気ガス充満する道を

黄色い国産車アンバッサダーのタクシーがクラクションをかき鳴らして

疾走する横をカウベルのような鈴を鳴らしながら痩せた裸足のベンガル車夫が

引くリキシャが懸命に並走する。
 
路地をちょっと入れば、そこは糞尿とごみと汚水の臭いが入り混じり、

住民とも路上生活者とも区別のつかぬ人々がぬかるみの中に蠢いている、

貧困などという簡単な言葉ではかたずけられないすべての品性、教養、

常識などすべてをそぎ落とし生きるという一点に集中した人間の原型が

そこにあるような1500万人都市、そしてそこから発酵されたふつふつと

湧きだす底知れぬエネルギーの巨大都市カルカッタがそこにありました。

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ホテルは片柳神父ご推奨のマザーハウスの対面の2★<サーキュラーホテル>。

早速チェックインだけすませマザーハウスへ直行、入口のシスターの案内で

1階にあるマザーの大理石の墓棺の前で積年の思いを遂げやっとマザーの

御下まで来れたことを感謝をこめて報告しました。

マザーの掌の温かさに包まれるような感じがした至福のひと時でした。

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お御堂を出てシスターに訪問の挨拶、片柳神父から紹介された

日本人シスター、クリスティーンはあいにく日本帰国中のため不在、

インド人シスター サイザリアにマザーの家の何か記念になるような品を

購入したいとお願いしたところ待つことばし、たくさんの不思議のお

メダイとごえい、そして2本のロザリアを持ってきてくださり、それらを祝別してくださいました。

代金をお支払いしようとしたところ固辞され

「マザーも決してお金は受け取りになりませんでした、その代わりマザーの

遺志を継いでカルカッタで最も貧しく、恵まれない人々にために

人生を捧げている<神の愛の宣教者会>の私たちシスターたちやボランティアの人

たちのためにお祈りくだい」とのこと。

初日にして早速マザーの精神に触れた思いでした。

(帰国後、このたくさんの不思議なおメダイを希望する方々にさしあげたところ、

まさに不思議なことが次々と起こることになろうとはその時は思いもしませんでした)

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翌日マザーの家のミサは夜明け前の早朝6時からと聞いていましたが、

ちょっと早めにと5時半に2階の聖堂へ行ったところ、すでに宣教者会の

100数十人のシスター、修道女が整然と坐りお祈りをされていました。

聖堂は石床にジュートの布を敷いただけで椅子はなく、

皆床に座ってミサの始まりを待ちました。マザーの祈る姿の等身大の

蝋人形が入口に鎮座されいてまるでマザーといっしょにミサにあずかったような

幸せな気分になってしまいす。

シスターたちの歌う清らかな聖歌が流れ、厳かな中にも

心にほのぼのと沁みるミサでした。

ミサの後、地下のボランティアの集合場所に移動し、

次々と参集してくる世界中からのボランティアと一緒に

修道会支給のパンとチャイとバナナの朝食をいただき、やがて会堂は

ボランティアであふれ、その数150人くらいクリスマス休暇のせいか

圧倒的に欧米からの10代、20代の若者が多く、日本人は10名程度、

夏休み期間中は日本からのボランティアもたくさん参加するとか・・・

マザーが亡くなってから12年もたつのにこのように毎日マザーを慕って

宗教に関係なく世界中から参集するボランティアを目の当たりに

見るにつけあらためて人種、宗教を超えたマザーの精神は生き続けていると思いました。

7時を過ぎると担当のシスターといっしょに壁に貼ってあるお祈り文と

天使祝詞を全員で祷え、その後その日で最終日になるボランティアが前に呼ばれ、

全員で手拍子で慰労の歌をうたいこれからまた世界各地へ帰っていく

ボランティたちを送りました。

その後、グループに分かれてバスに分乗してそれぞれのボランティア施設へ出発、

我々は知的障害のこどもたちのDAYA DANへと、バスでしばらく行き

それからミゼットのようなオートリキシャに4人ずつ相乗りし下町の路地を入った

DAYA DANに到着。3階にあがり、シスターから仕事内容の割り当てを受け、

1日目は洗濯、2日目は部屋の掃除、そのあと子供たちの世話、食事の介助。

屋上の洗濯場へは20名くらいのボランティア、それぞれ自己紹介を兼ねて情報交換、

皆平均1週間から10日、長い人は数カ月カルカッタへ滞在し、

マザーの家へ通っているようでした。

部屋清掃担当のボランティアから次々と運んでくる洗濯物の

山を2つのコンクリートの水槽につけ洗濯開始、パンツの裾を

たくしあげの踏み洗い、アメリカからの学生たちはダンシングタイムだと

踊るように踏み洗いし、実に乗りがいい、それから洗剤を入れてまた踏んで、

最後は大きなブリキの桶に移しすすいで絞って、乾かすという作業。洗濯物は

シーツ、ブランケットから子供たち50人分の衣料、下着までかなりの量の重労働。

当然のこととして何人ものボランティアからどうして洗濯機を使わないのかの声も

あがっていたが、片柳神父の著書ではマザーはいつも助ける人たちと同じレベルの

生活をされ、その人たちが洗濯機や掃除機を使用しないようにシスターたちも

すべて自分の手で行う主義を貫かれること。

自身の子供のおむつも替えたこともなければましてや子供の下着を手洗いなど

今まで経験したことのない自分が、今こうしてカルカッタのマザーの家で全く自然に

しかも世界中のボランティアといっしょに嬉々として施設の子供たちの肌着の洗濯を

しているのが不思議な気がしました。また洗濯機だったら決して気がつかなかったことですが、

子供たちの衣料はほとんどが寄付される古着のせいか、毎日の洗濯のためか

劣化がひどく、また肌着も水質のためか踏み洗いだけのせいか薄汚れていて中には

穴まであいている下着も、衣料を生業としていた自分としては、洗濯終了後思わず

インド人のいシスターにせめてTシャツ、肌着だけでも新品をアジアの工場から

寄付させてもらえないかと申し出てしましました。シスターはいきなりのオファーに

少し驚かれた様子でしたが、上司のシスターに相談するということで当施設の

責任者であるメキシコ人シスターカリーナを紹介してくださり、ことのあらましを

説明したところとても喜んでくださり、明日ゆっくり打ち合わせしたいとのこと、

翌日同じスケジュールでミサ、ボランティアをこなし昼前、シスターカリーナーの

部屋では他のインド人シスターも集まり何やら会議中、話がずいぶん大きくなっている

様子。そこで施設にいる子供たちのサイズ別、男女別の人数などいっしょに

打ち合わせの後、Tシャツに施設名<DAYA DAN>とマザーの肖像をシルエットで

プリントしてもらえないかとのシスターカリーナからの提案、

すでに何枚かのマザーの肖像画像まで準備されていました。


それはファッションビジネスに携わる身としていかに寄贈のTシャツといえどもマザーの

イラストTシャツを生産提供できることは夢のような光栄なお話。

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今後発生するかも知れない版権(?)、関税の諸問題などシスターに説明したところ、

すべてシスターのほうでクリアするようにするとのお話、かくして子供たちのパンツの洗濯

から思わぬ方向に話しが進展した貴重な3日間を体験させていただき、念願であったマザ

ーの家訪問を感動のうちに遂げることができました。

復活祭にはお約束のTシャツも無事お届けすることができ、シスターからの

感謝状もいただきました。

帰国後、シスターからいただいた不思議のおメダイを友人の皆様にさしあげたところ、

しばらくして思いもかけぬ不思議な連鎖を体験することになりました。

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投稿者: otaku 日時: 09:22 | パーマリンク | コメント (0) | トラックバック (0)

主宰者プロフィール

ガチャマンダオーナー

大宅 一裕
(おおたく かずひろ)

1949年
京都生れ(街頭テレビの力道山の空手チョップに街は熱狂していた)

1968年
神戸六甲学院高校卒業 (裸で便所掃除のスパルタ教育)

1969年
上智大学外国語学部入学(キャンパスにはシュプレヒコールが響き、街には藤圭子の歌が流れていた)

1973年
大手百貨店入社(婦人服部に配属も連日返品作業、催事場での呼び込みの毎日)

1982年
百貨店の海外開店のためファッション担当としてシンガポール出向駐在(?1986年)
(仕入れのため世界各国へ出張し、海外とりわけアジアの魅力にズッポリとはまる)

1987年
百貨店退職後、香港にてGardex Internatinal 設立
香港を基点にヨーロッパ、アジアでのファッションビジネスに携わる

2000年
タイ、チェンマイにて会社設立、旅行業、ファッション、雑貨、食品貿易業のかたわらチェンマイ郊外のプーディン小学校との交流、支援を継続中

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