
北京一番の近代的ショッピングビルの立ち並ぶ繁華街王府井通りの真ん中、異質の存在感のあるバロ
ック風建物は王府井カトリック聖堂,共産中国での疾風怒涛の歴史に耐えた建物は威風堂々のたたずま
い。

今は絶好の結婚写真の撮影場所となり、数組のカップルがカメラマンの求めに応じ様々なラブラブポー
ズで撮影していたかと思うといきなりブチュ・・・のポーズ。
ここにも新生中国の一面をかいま見た思いでした。

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せっかく来た北京、空港への帰路の途中立ち寄ったオリンピックスタジアムは残り20日の突貫工事の真
っ最中、廻りは公安警察の車が取り囲みすでに厳戒態勢、予想通り我々一般平民の立ち入りは禁止、
鉄柵越しに記念の1ショット後、急いでスモッグに煙るハイウェイを車で中国自慢の新空港第3ターミナル
へ・・・



中国が誇る世界遺産、万里の長城 八達嶺長城も改装され中国国内外からの大勢の観光客でにぎわっ
ています。
長く龍のようにうねりながら続く城壁のブロックのすべてに落書き(ほとんどが中国名)が延々と続き・・
ここでは落書きも世界遺産級

そういえばアンコールワットの内部壁面にも寛永9年(1632)日本からはるばる
訪ねた森本右近太夫という人物の落書きが今なお残り、観光スポットにまでなっています。
決して落書き行為を推奨も肯定もするわけではありませんが、古来より人間は犬同様、
自分の存在の証としてそこかしこにマーキングしていきたい趨勢をもっているようですね。
中国国家博物館に設置されたオリンピックまでのカウントダウン表示が23日となっています。
オリンピックを前に大改装をほぼ終了し、すっかりきれいになった近代都市北京にいます。
空港、天安門広場、万里の長城、故宮博物館もすべて化粧直しを終え
国内外から押し寄せる観光客の受け入れ準備のための工事はほぼ終わっているようです。
中国国家の威信にかかわる一大イベントのてため、不都合、不適切なものはすべて排除され、
そのため昔ながらの横丁(胡同)に住んでいた住民は立ち退きそのあとに高層ビルが建設され、
廃棄ガス、スモッグの原因となる周辺の工場はオリンピックが終わるまで休業命令が出て、
車の市内乗り入れも、市民の地下鉄利用の大幅に制限されていくとか・・・
今回、北京を案内してくれた北京生まれ、北京育ちの劉君は
<オリンピックといってもその恩恵を受けるのは政府と大企業だけで
我々一般市民はダメダメばかり言われまったくしらけています・・・>とのこと
国家を挙げ、すべてを犠牲にして第一優先で準備してきた北京オリンピック、
すべての現実は押入れの中に押し込んでふすまを閉め、客間ばかり綺麗にして準備してきた
オリンピック果たして祭りの後の後遺症は・・・?
押入れ中の現実は崩れ出てこなければいいのですが・・・
歴史的経緯はあまり詳しくないので省略しますが、かってユーラシア大陸を支配したモンゴル族は
現在朝鮮半島のように外モンゴル(朝青龍、白鵬の出身地)と内モンゴル(中国自治区)に
分断されています。
北京から北西へ400km、内モンゴルの政都フフホト(呼和浩特)からさらに車で2時間山あいを超えると
そこは360度見渡す限りの新緑に輝く草原、かってここを走駆したモンゴル族のテント家(パオ)や
ラマ教の石を積み上げた仏塔が点在し、万里の草原を渡るくる風は肌に心地よく
悠久の時の流れを感じさせてくれます。牧童はなれたたずなさばきでモンゴル馬を疾走させ
旅人も馬でゆっくり草原のトレッキングを楽しみます。パオでは伝統のミルクティとモンゴル菓子で
もてなされ、しばしこの異空間での交流を楽しみました。今年は雨が多く草原の緑もひときわ鮮やかだとか、
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内モンゴルには広大な砂漠も点在し、それはゴビ砂漠へ続いています。
この砂漠の砂塵が遥か数千キロの日本まで黄砂として飛来してきています。
砂漠の旅は、まず靴に砂が入らぬようにブーツ状の布シューズカバーを取り付け、
携帯電話やカメラは砂塵からガードし、砂に足を取られながら砂丘を上ることしばし、
ラクダのベースキャンプへ到着、
初めて乗るラクダは馬に比べそんなに乗り心地はよくないけれど砂上をよろけながら歩くよりははるかに楽、
砂漠に描かれた神秘的な風紋をたどってラクダの背でゆられゆられての砂漠トレッキングはたっぷり1時間
シルクロードの隊商を思いをはせながらの幻想的な体験でした。
内蒙古の大草原や砂漠の地球の素肌に圧倒され人は宇宙の藻屑のようなちっぽけな存在であることを
思い知らされますが、高度に文明化された都市生活に慣らされた人間はそのことを忘れ、
時として傲慢になり、それが地球規模の環境破壊の原因となってしまっています。
東京大学名誉教授の月尾嘉男先生もおっしゃっていますが、仏教の教えにもあるごとく
<山川草木悉介成仏>
自然界すべてにも魂が宿っていてそのことを理解しないかぎり環境問題は解決しないとのこと。
中華年末騒動
旧正月を今週末に迎えた香港国際空港はすでに海外出国ラッシュが始まっていました。
中国南東部の大雪寒波の影響で香港も想定外の連日気温10度以下の氷雨模様・・・
昨日タイへの出国前、エアポートラウンジで純度100%中国製の冷凍シュウマイをパクパク、新聞をペラペラめくっていると、香港紙では日本での毒入り餃子の一件は掲載されていましたが中国紙では英字紙 CHINA DAILYでは事実のみの簡単報道と中国政府が速やかで適正な処置を執ったとの自画自賛記事あり、華字紙には一切の報道はなく、紙面のほとんどが大雪で鉄道網麻痺のため正月休暇で帰郷する群衆が積み残され都市駅では暴動寸前の大パニック状態の報道ばかり。昨日は温家宝首相自ら広州駅へ飛び、群衆を慰問したとのこと・・・
今回の餃子事件、中国側としたら正月前にややこしいいいがかりつけられ大迷惑の感じ、また北京オリンピックを前にしてたとえ中国側の非があったとしても絶対に表ざたにはしたくないところ、
正月休みをはさんで解決にはしばらく時間がかかり、USビーフのときと同じく、これからは衛生検査をしっかりやっていきましょうねということでうやむやに治まっていくのでは・・?
今回のことで、また日本の食料自給率40%の脆弱な食糧事情が明らかなり、家庭用、業務用の冷凍中華総菜もほとんどが中国製だったことが判明しました。食糧海外輸入の依存度は年々増加しているにもかかわらず、食品製造業での原料ロス、流通段階、家庭での消費期限切れの在庫廃棄、家庭や飲食店での食べ残しの廃棄、食糧廃棄は年々増加しています。
あるスーパーでは廃棄する弁当がもったいないということで鶏の飼料として転化したところ弁当に使用している保存料、添加物のため奇形の鶏が発生したとの笑うに笑えない状況になってしまったとのこと・・・
飽食の時代を謳歌しているかに見える日本も実態は実に危うい綱渡りをしているように見えます。
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バンコク スワナブン空港から一歩外にでて湿度たっぷりの絡まるような熱帯の大気に体を包まれ今まで寒い国で収縮していた体細胞、脳細胞が溶解し、解放されていくような感じがしました。
反対に昨日成田入りしたサッカーのタイの代表選手たちは、生まれて初めて見る東京の雪と寒さに驚き、震え練習どころではないでしょう。寒中お見舞い申し上げます。
食糧自給率100%以上のタイ人のモットーは<どこでも寝れる、食べられる>、飢え死も凍え死の心配もなく自然のライフラインが確保されたタイなればこそ、タイ人のおおらかさ貧しくとも心の余裕ある生活があるのではと思いながらホテルへの車に乗りました。
<衣食足って礼節を知る>・・?
<いつまでもあると思うな親と食>・・?
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香港に隣接する巨大都市深センはさながら香港の衛星都市(今や香港以上の人口になっていますが)その価格安さ、中国物資の豊富さゆえ、香港人の日帰りツァーコースとなっています。
食事、買い物から歯医者、ゴルフ、観光まで週末の国境は多くの移動客で溢ています。
北京まで通じる鉄道の香港からの始発駅 九龍駅から列車(KCR)で45分国境の駅羅湖(ロウウ)に着きます、
広々とした快適なシートのファーストクラスで料金66香港ドル(約1000円)
これがまた英国式(?)の乗客を信用する伝統のためか検札が来ない。(つまりグリーン券なしでも乗車可??)
スタッフの話ではたまに来る検札でファーストクラスのチケットがないことが見つかったら超 BIG PENALTYとか・・・
この列車内、いくら前が空いているからといって、日本式に靴を脱いで前の席に足を伸ばしていると車掌がきて、そんな行儀の悪いことはヤメロと注意されます、これも英国式(欧米か)?
香港からの出国後、国境の狭い川にかかるブリッジを歩いて渡ると中国の入国管理、、他の中国入管関門と違いここでは香港人、台湾人は別ゲートでごくごく簡略された手続きのため、外国人のゲートも比較的スムーズに通過することができ、入管をでるとそこは人の溢れる中国、
乗客は駅前からタクシー、バス、迎えの車、地下鉄で中国各地へ向い、さながらこの駅は中国へのゲートウエイになっています。
羅湖の駅に隣接した大型ショッピングセンター羅湖商業城はバスターミナル、商店、クリニック、サウナ、マッサージがところ狭しと入居した何でもありの迷宮ワンダーランド、中国各地から集まられたバッタ物、パチ物も含めた商品が山積みされ、(もちろん今一番人気の I am not a plastic bag のパチエコバッグも品数豊富にそろっています)中国各地からやってきた売り子が客引きをし北京語が飛び交う中国の縮図がここのあります。
客引きの少女が持つパンフレットにある1時間30元(450円)のタイ並の価格にフラフラとさそわれるままに入った足マッサージ屋
リクライニングシートに坐ると足を洗うためにお湯を入れた洗面器を持った兄ちゃんが現れ、北京語でまくしたてる、
韓国人か? シンガポール人か?だとか、どこに住んでるのか?とか(それくらいの北京語は判るがあとは意味不明)、
しばらくすると横から、後ろからネエチャン、ニイチャンが次から次へとビールを飲めとか、肩マッサージをしろとか、爪を切れとか、角質を削れとか、あげくのはてはほくろを取れとか料金表片手にシツコク迫ってくる、
これが初期価格を安くして追加料金で吊り上げていく中国商法かと思いながら、「不要!不要!」と懸命に追い払う。
足をもんでいるにいちゃんも一人ぶつぶついい続け、察するに「ケチな日本人野郎・・」のようなことを言っていたかとおもうと
突然下から<ぶ~っ>と大音響とともにかます始末、
<何ちゅうことするねん!>と顔をにらみつけてやると、
<失礼しました>とも言わず、自分はきっちりマスクで防御した顔がニタニタしている。廻りの連中も<今日もなかなかいい音だしてるね・・>というようなニタニタ顔。
一瞬こちらも日本男児としてお返しにと思ったが、変なものが出て恥をかいても困るし、日本人の品格も邪魔をして行動に起せず、 <チーシー(馬鹿者)!>と広東語で叱責してやったが、全く意に介せず、相変わらずニヤニヤ・・・
あんたら、オリンピックを前にしてこんなことで大丈夫??
巨額の資金を投じてハードの施設は何とかかっこをつけても、肝心のソフトのマナーの向上にやっきになっている北京政府の苦慮が思いやられます。
路上でつばを吐くな とか、タバコの吸殻をポイ捨てするなとか、テーブルの上に食べかすを撒き散らすな とか列の割り込みをするな などなどのモラル向上キャンペーンの標語に加え、
マッサージの客の前で平気で屁をかますな も追加お願いします。
旧友のS氏は上海から200km西にある江陰市での大型プラント建設のため現地駐在生活中、彼が日本からのお客様と中国の旅行社の日帰りバスツァーで行った蘇州旅行記が届きました
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3/18日曜日出張応援で来てくれている人と こんどは蘇州に日帰り観光
江陰から蘇州までは1時間半今回もバスの駅で宣伝してた1日観光のバス15元+入場料140元に乗った朝10時から夕方4時半まで45人乗りのバスに22人 当方2人は最後列に陣取って ほとんどわからない観光案内を聞きながら 気楽なバス観光。
寒山寺周辺は11年半前とはまったく変わっていた 寒山寺西側の橋の向こうにあった道路(橋)はない 周辺は駐車場とお土産屋で様変わり鐘楼入場(鐘突き代)は10元(変ってないかも) 一人三発ずつ突いたバス会社が連れて行く物売りはつるんでいるでのでしょうが シルク工場 紫砂の急須屋では誰もなんにも買わなかった 日本人的には何の興味もない復元の塔や城 運河クルーズ(これは悪くない) 昼飯は清潔なレストランという定食屋で5元の1汁4菜に飯 世界遺産石の名園獅子林(日本人の感覚では奇妙の一語)最後に行ったなんとか寺は最高にひどかった 寺のおねえさんのやたら詳しい寺の説明(開山以来1750年の歴史)の後 坊さんのいる建て屋に連れ込まれ 長いこと話聞かされ(ほとんど何も聞き取れない) 自ら 両親 子供の長寿や健康
幸せを望むでしょ ときた これが引っ掛け 当然みんな望みますと答えるこのあと家族ごとにどこかに連れて行かれ 我々バラの人間には一束三本の背丈を上回る巨大線香が渡された どうするのかと思いきや一束130元だという
即プッツン バスが出てしまうもう時間ない まあだいじょうぶですよ いやバスに戻るすぐ行く と大声で喚いて どこの人ですか 日本だ でド坊主はやっと諦めた巨大線香押し返してバスに戻った
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とまだ誰も戻ってきていない かなり待って帰ってきた連中は もう文句たらたら
400元いかれた 2000元(約3万円)いかれた カードでもいいよと言われた
あの太った女性二人連れは8000元(約12万円)いかれてた など
ビタ一銭出さなかったのは我々だけのよう 中国人は面子があるので 一銭も
出さないとは言えないのでしょう とんでもなくひどいぼったくり寺2000元いかれたおばはんが 物売り屋はバス会社とつるんでいる云々 そうでしょ と言ってくるので この寺ともつるんでいるのやろ? と大笑い
上海摩天楼のを臨みながら浦東のホテルの一室で、様々な思いのうちに、今一度杉本信行氏<大地の咆哮>を読み直しています。

2004年4月の領事館職員の自殺は杉本氏が総領事の時、残された遺書のうち杉本氏への遺書が一番長文であったとか、中国側からスパイ行為を強要された末の自殺との疑いを外務省に直訴しましたが小泉首相のもとへは届かず、無念のうちの2004年秋、今度は自身への末期胃癌の宣告、辛い闘病生活の中の覚悟の執筆、そして2006年8月3日他界、35年間の中国、日中関係への思いを書き上げた壮絶な遺書となってしまいました。
絶えず弱いものの立場に立っての草の根外交官であった氏はランドクルザーで中国奥地まで踏み込み、中国近代化の波に取り残された僻地への日本からの援助での小学校建設の旗振りとなりました。派手な大プロジェクトへの資金援助よりも、中国政府がないがしろにしている農村での小学校建設こそ、将来的に日中友好の礎になりうると考えていました。
カトリック信者である氏の望みは最後の章にあるバチカンと中国の国交回復によりカトリックのミッションが中国奥地まで入り込んだネットワーク活動による、中国の真の民主化、近代化ではなかったかと、同じカトリック者として推察するのですが・・・・
志半ば57歳の若さで逝かれた杉本信行氏のご冥福を今夜上海上空に輝く月に捧げます。
国慶節、中秋節の連休明け、上海蟹の季節到来の上海にいます。
来る度に大きく変貌する上海摩天楼の浦東スカイライン
週末、国内外からの観光客でごったがえす川沿いの内灘も連休明けの
この週末は心なしか人の出は少な目・・
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上海では珍しく青空が拡がり、ぽかぽか陽気、絶好のウォーキング日和
中国在住の友人によれば、上海の空気も最近政府の環境問題を意識しての
公害防止処置のためか浄化されつつあるとか・・・
又、多くの清掃夫をかり出しての清掃作業で観光エリアの投げ捨てのゴミも確かに少なくなっています。
(でも、どこでもつばをはく中国人は今なお後を絶ちませんが・・・)
北京オリンピック、上海万博に向けて、中国の威信をかけてこの都市部の表向きの顔だけは国際先端水準を維持しようとする中国政府の意気込みは感じられますが、裏に回れば内情はぐちゃぐちゃ、その犠牲になっている農村部、農奴化した農民との格差問題は年々深刻になっているエネルギー、水、環境、砂漠化などなどの問題同様の中国が早急の解決を迫られてい緊急課題、そして世界にも影響をあたえかねない大問題、

かっての上海領事杉本信行氏の<大地の咆哮>にその詳細が語られ中国関係者必読の書・・・
8日の安倍首相の中国訪問は小泉前首相に比して<雨のち晴れ>と中国マスコミも歓迎ムード、夫人と手を繋いでタラップを降りる姿がTV,新聞で大きく報道され、新たな日中友好関係の幕開けを期待しているようです。
その日中、日韓友好ムードを妬むかのように飛び込んできたのが北朝鮮の核実験のニュース、
一体、金正日は何を考えているのでしょうね・・・???
大宅 一裕
(おおたく かずひろ)
1949年
京都生れ(街頭テレビの力道山の空手チョップに街は熱狂していた)
1968年
神戸六甲学院高校卒業 (裸で便所掃除のスパルタ教育)
1969年
上智大学外国語学部入学(キャンパスにはシュプレヒコールが響き、街には藤圭子の歌が流れていた)
1973年
大手百貨店入社(婦人服部に配属も連日返品作業、催事場での呼び込みの毎日)
1982年
百貨店の海外開店のためファッション担当としてシンガポール出向駐在(~1986年)
(仕入れのため世界各国へ出張し、海外とりわけアジアの魅力にズッポリとはまる)
1987年
百貨店退職後、香港にてGardex Internatinal 設立
香港を基点にヨーロッパ、アジアでのファッションビジネスに携わる
2000年
タイ、チェンマイにて会社設立、旅行業、ファッション、雑貨、食品貿易業のかたわらチェンマイ郊外のプーディン小学校との交流、支援を継続中